第7章 歴史の動く時
ザラは膝の上に置いた両の拳をかたく握って俯いていた。
泣くまいと噛み締めた唇からは血が滲み、まるで紅を塗ったかのようにザラの唇を色付けて見せた。
ああ無理だ、とザラは思った。
リヴァイの言っていることがわからない訳ではない。
むしろ彼の言うことが何よりも正しく、自身の邪念がいかに愚かなものなのか、ザラにはよくわかっている。
だが理屈ではなかった。
頭では理解できても、心がついて来なかった。
時折こうして、何を考えるにしても全てのことが悪い方へと流れてしまうことがあった。
人から慰めてほしいが為に、心を蝕む不安を身近な人間に吐露しているということもわかっていた。
リヴァイとの間に、今までもこうした諍いがないわけではなかった。
公私の狭間で、ザラはよく悩んだ。
言っていることはわかっても、時折リヴァイの心の内がわからなくなり、堪らなく泣きたい気持ちになった。
部屋の外に出れば二人の関係は上官と部下に戻るはずであった。
否、戻らねばならなかった。
リヴァイはそれをよくわかっていたし、ザラもまた重々に承知しているつもりだった。
こうなるとわかっていて結ばれた二人の関係だった。
特別扱いなどして欲しくない。
リヴァイには正当に兵士としての自分を見極め、評価し、叱って欲しいと思っている。
しかしその一方、心の奥深くで、何よりも私を優先し、私が、私だけが、あなたの特別な存在であると周囲の人間にも知らしめて欲しいと感じているのも、また確かなのであった。
我ながら浅ましく、ひどく醜い葛藤であるとザラは思った。
矛盾するその両面のどちらもが紛れもない自身の心の叫びなのだと感じながらも、そうした心の淵を覗くたびに、自分が嫌で堪らなくなった。
『……はは』
リヴァイを相手に晒している醜態に、思わず笑いが零れた。
次いで、ぽろぽろと涙が溢れて行った。
その表情をリヴァイが凝視する。
泣くなど、許されることではないとザラにもわかっている。
だが好いた相手の言葉に───恋人の声に厳しく諭されると、堪えきれず涙が溢れてしまう時があるのだった。
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