第7章 歴史の動く時
人の心を持ち合わせ、情を感じてしまえば迷いや後悔が必ず残る。
それは重く心に纏わり付き、少しずつ少しずつ、心を黒く染めていく。
心など、いくつあっても足りない、とリヴァイは思うのだった。
いちいち心を乱し迷っていては、とてもではないが正気を保っていられない。
狂気から逃れる術は、そうした感情の一切を捨てることだった。
何も感じず、ただ事実だけを認識する。
波風は立たない。
波紋が広がることもない。
ただ静かに、いつもそうして存在している。
そうでもしなければ生きていけぬとリヴァイは本気で思うのに、ザラは兵服に袖を通してから何年も経った今でも、迷い、傷付き、心に数多もの傷を抱えて、生きているのだった。
それが弱さか強さか、容易に他人が判断できるものではないとリヴァイは思った。
時としてそれは弱さとなり自身の首を絞め、時としてそれは強さとして肉体を動かすものなのだとだけ、茫然と思うのだった。
寝巻きの肩にカーディガンを羽織り、リヴァイは静かに部屋を出た。
しんと静まり返った廊下を進み、広間へと抜ける。
すると、広間の机にぽつんと一人突っ伏したまま、静かに寝入っているザラがいた。
リヴァイは立ち尽くしてザラの小さな背中を見つめていたが、やがて隣に腰を下ろすと、ザラの前髪をかき分けて滑らかな額をゆっくりと撫でた。
泣き疲れてそのまま眠ったのであろう寝顔から、穏やかな寝息が聞こえてくる。
赤く泣き腫らしたまぶたをそっと撫でると、人の気配に気がついたのか、ザラはゆっくりと目を開き、瞳にリヴァイの姿をとらえた。
「よく眠れたか」
『……、兵長……』
「…ふ、なんて顔してやがる。美人が台無しだ」
優しく笑ってリヴァイが言うと、ザラも小さく微笑み、ゆっくりと伏せていた身を起こした。
『ごめんなさい、昨日……戻らなくて』
「いい、そんなことだろうと思ってた」
リヴァイが言うと、嘘だ、とザラは笑った。
小さく欠伸をし、腫れたまぶたをごしごしと擦る。
「よく泣いたみてえだな」
『うん、色々……色々、堪えて』
「あまり自分を責めるなよ」
ザラの顔からふと笑みが消えた。
机の上に置いた自分の手を、俯いてぼんやりと見つめていた。
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