第7章 歴史の動く時
これは都合の良い思い込みなのだろうか。
いや、それでもいいとエレンは思った。
あの時、戸惑いに揺れるザラの目を見た。
ザラだけはブレードを抜かず、迷いに揺れる目で、エレンを見ていた。
エレンにはそれで十分だった。
自分に対し、少しでも躊躇してくれた人がいた。
それだけで、十分だったのだ。
「…ありがとう、ございました」
『……っ』
ザラへ向かって、エレンが深々と頭を下げる。
ザラはもう限界だった。
堪えていた涙がぼろぼろと零れ落ちるのと同時に、黙って部屋を飛び出した。
そのまま城の階段を駆け上り、人気の無い広間に辿り着いたところで、ほとんど倒れ込むようにして机に突っ伏した。
エレンの苦悩も、悲しみも、痛いほどによくわかった。
そしてエルドやペトラ達の、エレンへの行いもよく理解できた。
(───私は選べなかった)
あの時、最善の選択とは、何だったのだろう。
どうしてブレードを抜けなかったのだろう、どうして動かなかったのだろう。
私だけが、選べなかった。
悔いなき方を選べとリヴァイは言う。
結果は誰にもわからない。
自分の後悔が残らない方を、自分で選べと。
ペトラは選んだ。
あの瞬間に、ペトラもエルドもオルオもグンタも、そして、リヴァイ兵長も、選んだ。
選べなかったのは、私だけだ。
ザラは広間の闇の中で、机に突っ伏したまま静かに泣いた。
温かな涙が腕を濡らしては、そのまま机を濡らしていった。
.