第7章 歴史の動く時
『私のは優しさなんかじゃない。ただ体が、動かなかっただけ。わかってるつもりだったのにわかってなかったのは、私も同じ』
エレンを真っ直ぐに見据えて、ザラは悲しげに笑った。
『本当に、巨人になるんだね……』
エレンはザラの顔を見つめたまま、何も言えなかった。
調査兵団で生きる術を学び巨人を相手に歴戦を潜り抜けてきた猛者達と言えど、やはりエレンの存在には戸惑いを隠せないようだった。
『今何歳なの、エレン』
「十…五です」
『…立派だよ。偉いと思う。君には、選択の余地なんて……拒否権なんて、なかったはずなのに。なのに君は、与えられた役目を、全力で全うしようとしてる』
ふと苦しげに目を細めて、ザラはエレンを見つめた。
まだ成長さえしきっていないこの少年の細い肩に、人類の希望は、託されてしまった。
どうして世界は、こんな風に歪んでいるのだろうとザラは思う。
どうして力を託されたのが、彼だったのか。
何故こんなにも脆く、すぐにでも折れてしまいそうな若い幹に、力が宿ってしまったのだろう。
「…ザラさんさっき、俺に刃を向けなかったのは体が動かなかったからだと……俺が本当に巨人になると、わかっていなかったからだと……そう言ってましたけど」
金色の大きな瞳が、涙に潤んで、見つめてくる。
「…それって、ザラさんだけが、俺を人として見て、人として接してくれていたってことでしょ?ザラさんだけが巨人と人間との間で、俺に揺らいでくれてたってことでしょう?」
『違う…やめてよエレン、私は、』
「俺は嬉しかった!」
ザラが遮るのも構わずエレンは続けた。
その声が、震えていた。
「俺は、嬉しかった。今までずっと、巨人を人類の宿敵だと……母の仇だとそう思って、あいつらを根絶してやるって、ずっと思ってた。なのに、急に俺自身が巨人になるって訳の分からないことを言われて、仲間と離れて、ここへ連れて来られて、……寂しかったんだ。リヴァイ班の皆さんだけが、俺の支えだった。なのにあの時、エルドさん達の目を見て、そう思ってたのは俺だけだったって絶望した。……だからあの時、ザラさんが、ザラさんだけが、人の俺を見てくれていて、嬉しかったんだ」
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