第3章 生意気な新兵
ザラはその時、数ある執務室のうちの、ある一室の掃除にあたっていた。
幹部格の上官にはそれぞれ専用の執務室が与えられ、事務仕事をこなす際は、その部屋に籠城して黙々と膨大な書類の山を片付けていくのだった。
窓を開け放ち換気をしつつ、一点の曇りもないよう窓を磨き上げる。
次に床の掃き掃除をし、目立つゴミを一箇所に集めた。
本棚に並べられた本の上にうっすらと溜まった埃も入念に払い、その後、硬く絞った雑巾で机の上やソファを拭く。
その執務室を使用している者によって、本が多かったり、手をつけるのを躊躇われるほどの膨大な量の書類たちが鎮座していたり、窓際に花瓶が飾ってあったりする。
(花があると、殺風景な部屋でもこんなにも空間が華やぐんだな)
窓際に置いてあった花瓶の水を換えながら、ザラはふとそんなことを思った。
兵団に属して数年も経つと、どこの執務室は誰が使っていて───といった内部事情も見えてくるのだろうが、新兵のザラたちは誰がどの部屋を使っているのかなんて、現時点ではわかりようもない。
ただ、執務室を掃除しろ、とだけの命である。
ここは誰の部屋だろう、ほとんど掃除する必要がないほど清潔で、よく整頓された部屋だと、ザラは思った。
窓際の花を見るあたり、まずハンジ分隊長ではないだろう。
ナナバさんだろうか。
見目麗しく、いつでも爽やかな身なりをしている彼女になら、この部屋がよく似合う───
ガツン!
花を見つめてぼんやりと立ち尽くしていたところへ突然、膝の裏あたりに衝撃が走った。
支柱にしていた膝関節が抜けたので、危うく膝から崩れ落ちそうになる。
『なっ…!』
驚いてすぐさま振り返ると、そこに立っていたのはリヴァイだった。
腕を組み、いつもに増して険しさのある眉間の下で、鋭い眼光を光らせている。
『リ……っ、リヴァイ兵長!』
思わず、雑巾を握り締めた格好のまま、敬礼をする。
リヴァイはというと、ザラの掃除の具合を入念に見極めているようだった。
リヴァイが掃除にうるさいことはザラも風の噂で知っていた。
容赦ない視線に、何か粗相はなかったかとどきまぎする。
「…フン、掃除の腕は、悪くねえみたいだな」
『は、はあ…。恐縮です』
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