第7章 歴史の動く時
「初めて剥き出しの敵意をぶつけられて……俺正直、驚いたんです。そしてそのあと、とてつもなく、悲しくなった。……わかってたはずなのに、わかってなかった」
エレンの瞳が潤み、涙が一筋、頬を流れていった。
「エルドさん達に、こんなにも信用されていないと───俺は人類の天敵たりうる存在なのだと、全然……全然、わかってなかった……」
エレンは腕で目元を覆って泣いた。
ザラは何も言えなかった。
悲しみに暮れる新兵を、ただ黙ってずっと見つめていた。
「……すみません、兵長にも言われたんです。迅速な行動と、非情な決断……エルドさん達のあの行動は、壁外で巨人相手に生き抜く為の術だと。わかります。頭ではわかってはいるんです、でも、心が……追いつかなくて……」
迅速な行動と、非情な決断。
ザラは心の中で、エレンの言葉を反芻した。
予期せぬタイミングで巨人化したエレンにエルド達は容赦なくブレードを引き抜き刃を向けた。
所属部隊の長であるリヴァイがエレンを庇って諭そうとしても尚、聞く耳を持たず、激しい口調でエレンを責めた。
どういうことだ、説明しろ、妙な真似をしたら、すぐにでもその首を飛ばす───
…迅速な行動と、非情な決断。
そうだ、彼らはそういう人間だ。
だからこの特別作戦班に抜擢された。
いつ如何なる時も最悪の事態を考え、最善の行動を考えられる人間達だったからだ。
『…凄いんだよ。…優秀な、人たちなの。ああやって常にその瞬間の最善を考えて動けるから、……今回の任務にも、リヴァイ兵長直々に、選ばれたんだと思う』
「……でも」
強引に涙を拭って、エレンが顔を上げた。
「でも、俺に刃を向けないで、俺を案じてくれたのは、ザラさんだけでした」
ザラは目を閉じた。
違う、と思った。
違うんだよ、エレン。
優しさなんかじゃない。
私はずるいんだ。
あれは……あれは真に、君を案じての行動では、なかった。
『…違う。違うよ、エレン』
俯いたまま、ザラは力なく笑った。
.