第6章 そばに
『……ちゃんと伝えられた。兵長もわかってくださった。傍にいることを、自分で選んだ。……もう大丈夫』
一つ一つ、言葉を探すような口調で、ゆっくりザラが言う。
言い終えた後の、ザラの眼を見つめ、ペトラはああ、と胸中で小さく呟いた。
穏やかな眼をしていた。
いつもどこか満たされず、大衆の中にあっても孤独で、人の気持ちを簡単には信じられないでいたザラが、穏やかな眼をして、笑っていた。
「……ザラ、好きよ」
自分の気持ちは、ザラに伝わっているのだろうか。
ふとペトラは思った。
伝わっていればいいなと願いながら、小さく笑った。
「あなたが大切。凄く大切」
『……、』
ザラは口を開きかけ、静かに噤んだ。
ペトラが望んでいる言葉を返そうとはじめは思ったが、これ以上言葉は必要ないと思ったのだった。
相手の顔色を窺わず、機嫌をとるような真似もせず、思ったことを思ったままに言ってくれる存在がペトラだった。
上辺だけで相手に調子を合わせることも、笑顔を取り繕うことも、相手の望む言葉を敏感に感じ取り機嫌をとることもザラには容易く出来たが、真に想う相手に対してだけは、そういったことの全てを禁じたいと思った。
そういったことをせずとも、ペトラだけはいつだって自分の本質を見てくれようとし、傍にいてくれるという強い自信があった。
他者に対して常に自信がないザラにとって、ペトラだけは異質だった。
ザラはペトラに向かって頷き、真っ直ぐに眼を見据えて、小さく微笑んだ。
ザラの想いはペトラにも届いたようだった。
同じようにペトラも笑う。
『さあ……行こうか』
最後に外套を兵服の上から纏い、気を引き締める。
穏やかに朝日の差し込む廊下へと足を踏み出し、静かな足音を残して二人は消えていった。
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