第6章 そばに
『心臓が口から出そうよ』
「大丈夫、出ても私が拾って戻してあげる」
ははは、と声をあげてザラが笑った。
久しぶりに見た、屈託のないザラの笑顔だった。
ザラは久方ぶりに、訪れ慣れたリヴァイの部屋のドアを叩いた。
返事はなかった。
暫くそのまま待ってみるも、部屋の中から人の気配はなかった。
きっと外へ出ているのだろう。
(もう、既に───)
以前の私のような存在が、リヴァイ兵長にいたらどうしよう、とザラは思った。
もしこうした瞬間に、リヴァイに肩を抱かれた女兵士が、そこの角を曲がってリヴァイと共に現れたら、どうすればいいのだろうとザラは真面目に思ったのだった。
引き寄せられるようにしてドアノブへと手を掛ける。
ひやりとした冷たい感触が直に伝わり、思わずぶるりと身を震せた。
久しぶりに訪れたリヴァイの自室は、ザラが最後に逃げるようにして飛び出したあの日から何ら変わっていなかった。
ザラはそのまま、半ば操られるようにして窓際へと歩み寄った。
部屋の窓から、見事な満月が見えた。
思わず食い入るように、ザラは月に見惚れた。
リヴァイのようだ、と思った。
圧倒的な存在感が、輝きが、私を捕らえて離さない。
(もう、とっくに……逃げることなど、出来なくなっていたんだ)
きっと死ぬまで、いや、死して尚、離れることなど出来ないだろう。
あの人の肩にもたれる心地よさを知ってしまった。
心からの安堵を知ってしまった。
もうあの人なしに、生きることなど、到底できやしないのだ。
「……ザラ?」
どのくらいそうして月を見上げていたのだろう。
ふと声をかけられ、ザラは驚いて振り返った。
部屋の中へ広がる暗がりを凝視すると、いつ来たのだろうか、ドアを開けたすぐのところへ、リヴァイが立ってこちらを見つめていた。
『兵、長……』
声を発して、ザラは驚いて自分の頬を手で拭った。
振り返るまで気が付かなかった。
いつの間にか、泣いていた。
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