第6章 そばに
ザラの瞳がわずかに揺れた。
あ、とペトラが思ったのも束の間、ザラはにっこりと笑う。
『…何かって、何が?』
これ以上聞くなと無言の圧力がのしかかって来る。
だがここでは引かないとペトラは思った。
「最近、なんていうかこう…無理して、笑ってるように見えるわ」
言って、ペトラはまっすぐにザラを見つめた。
ザラは笑ったままだった。
目尻を下げ、口角を上げたまま動かない。
やはり貼り付けられた面のようにペトラには思えた。
その笑みに、なんの感情もこもっていないと手に取るようにわかった。
『…全部わかっちゃうんだね』
ふとザラの笑みに、悲しげな色が差した。
一度下を向き、ゆっくりと息を吐いたあとで、ザラはやはり悲しげに笑った。
『…どうしてわかるの?みんな気が付かないのに』
「…わかるよ。だって、ずっと一緒だったじゃない」
『一緒だったから。……ずっと一緒だったから、何なの?それがどうしたの。みんな興味ないじゃない。笑ってない私になんて興味ないじゃない』
ザラの声がわずかに震えた。
悲しげに伏せたザラの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
『いつも同じよ。…悲しくたって、寂しくたって、私が心の中でみんな死ねって思ってたって、誰も気付かないわ。どうしてか自分でもわからないの。心じゃそんなことちょっとも望んでないのに、言葉が勝手に、口から滑り出るの。息するみたいに人のことを褒めて、適当な愛想のいいこと言って、顔が勝手に笑うの。私が笑いたくない時も、笑っちゃうの。どうしてなの』
ひと思いに言い切ったザラの目から、ぼろぼろ涙がこぼれ落ちた。
ああ、とペトラは胸中で低く呻いた。
気付かぬうちに、この子はこんなにも無理をして、人と接し、笑っていたのだと今になってよくわかった。
いつも朗らかに笑う彼女に、周りの人間は悩みなどないと一方的に決めつけ、身勝手に彼女に安らぎを求めた。
だがそれは、一方的にザラを搾取し、自分の精神の安定のためにザラを消費していたに過ぎなかったのだとペトラは思った。
悲しかった。
ザラの笑顔のなかに今までどれだけの負担と諦めが秘められていたかと思うと、心底悲しい気持ちになった。
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