第6章 そばに
「ええー?全然よくわからねえよ、体動かす時は意識するもんだろ?普通」
男兵士の反論の声に、居合わせた新兵達はみな同感だと風に頷いた。
それを見たザラは期待を裏切られたようにうんざりとした顔をしながら、もう何度目かわからない説明を繰り返す。
『だー!もう、なんでわっかんないかなあ!体は"動かす"ものじゃなくて、勝手に"動く"ものにするんだって!意識が働いてから動かすようじゃ遅いの!そんなんじゃスピード負けするの!……もうペトラ、行こっ』
隣でザラと新兵達の口論を苦笑して眺めていたペトラが小さく頷いて立ち上がる。
おいなんだよもう行くのか、という声を背に、ザラとペトラは食堂を出た。
自室への帰路を歩き出してもなおザラは納得がいかないのか、ぶつくさと文句を垂れている。
そんなザラの横顔を見つめながら、ペトラは思わず、言葉を失った。
最近のザラを見ていて思うことがあった。
ザラは元来、よく笑う。
陽気で気さく、誰に対しても分け隔てなく接し、来る者拒まず去る者追わずの気風から、人付き合いもさっぱりしている。
自然とザラの周りにはよく人が集まったし、それは訓練兵時代から傍にいるペトラもよくわかっていた。
だが、最近のザラの笑顔を見ていて、ふと疑惑の念が頭をもたげる時があるのだった。
ザラの笑顔が、どこか空虚な───感情のなんらこもっていない、笑みをかたどった面のように思える時があるのだった。
『ペトラはわかってくれるよねぇ?体が自分の理想の動きを勝手に辿る感覚!』
「え?ええ…ああ、わかるわ」
じっと見つめられていたことに気づいたか否か、振り向きざまにザラが言う。
深い物思いに耽っていたペトラは、反応が遅れた。
今もそうだ、と思った。
笑っている。
楽しそうに笑って、ペトラの答えを待っている。
だが、その心内はどうなのだろう。
この笑みは───ザラの心からの、笑みなのか。
「ザラ、……どうしたの、最近、何かあったの」
何かあったの、などと、我ながら探りを入れていると分かり易すぎる言葉を口走ってしまったとペトラは思ったが、そのままザラの答えを待った。
思い当たる節はあった。
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