第6章 そばに
「まあ、君が言いたくないなら無理強いはしないけど。…でも」
一度言葉を切って、ハンジは真っ直ぐにリヴァイを見つめた。
「もうすぐ次の壁外調査だ。百も承知だと思うけど、誰もが生きて帰って来られる保証はない。私も、君も、もちろん…ザラも。何か彼女に言いたいことがあるなら、ちゃんと伝えておかないと、あとで後悔することになるよ」
ハンジはふと遠い目をした。
その目に、誰かを懐かしむ色が揺れていた。
きっと壁の外で帰らぬ人となった仲間たちを思い出しているのだろうとリヴァイは思った。
わかっている。
いつ別れが訪れるかわからない日々を生きている。
(だが…顔を合わせて、)
一体何が言えよう、とリヴァイは思った。
遠くからザラを気にしていると、出会ったばかりの頃のように、けらけらと笑っている様子がよく見られた。
そんなザラの笑顔を見るたびにリヴァイの脳裏に蘇るのは、乱暴に抱いた日の翌朝、酷く傷付いた顔で泣いていたザラの姿だった。
思い出すたびに胸が痛んだ。
何度も刃物で胸を突き刺されるような錯覚にさえ陥った。
夢にザラが出てきては、涙に暮れた様子で、リヴァイのことを罵った。
酷い、兵士長としてお慕いしていたのに、酷い、こんなの、あんまりだ───。
実際に言われた言葉ではない。
夢の中の産物だと言うのに、ザラの声ははっきりとリヴァイの耳に残って離れなかった。
もう傷付いた顔は見たくない。
見たくない、…が。
「……俺はあいつを、失わなきゃならねえのか?」
リヴァイがぽつりと言った。
「わからねえ。手からこぼれていくんだ、まるで砂でも掴むみてえに。大切にしてた筈なのに、いつの間にかこのザマだ。…なあ。俺はあいつを失うのか」
「リヴァイ…」
「俺の預かり知らないところであいつは、喜んだり悲しんだり怒ったりして、俺の知らないどこかで……死ぬのか」
リヴァイの目は遠くザラへと向けられていた。
仲間たちと談笑している。
親身になって仲間の相談を聞き、助言をし、気持ちよく笑う。
あの場にリヴァイが介入していけば、すぐさまザラの表情は強張り、笑みは消え、顔を青くして俯けるだろう。
リヴァイにはそれが、耐えられないほどの苦しみに感じられた。
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