第6章 そばに
ザラは兵舎の廊下をひた走り、誰もいない早朝の資料室に雪崩れ込むと、そのままその場へ泣き崩れた。
リヴァイに言われた言葉がぐるぐると頭の中に繰り返し彷徨っていた。
悪かった、とリヴァイは言った。
謝って欲しくなど、とザラは思った。
謝って欲しくなどなかった。
昨日の二人が行き着いた結末を、悪かったの言葉の中に収めて欲しくなど微塵も思わなかった。
リヴァイにとってすれば自身の興奮を鎮めるための機械的な作業でしかなかったかもしれないが、ザラにとっては違った。
貫かれた時の痛みを思い出した。
あまりの痛みに、涙が流れた。
下唇を噛んで耐えようとした。
リヴァイの為なら、こんな痛み、いくらでも耐えられようと、本気で思った。
忘れてくださいとリヴァイに言った。
言ったが、忘れるものかとザラは心に強く思った。
求められた時のあのリヴァイの熱のこもった目を、快楽の中で苦しげにザラの名を呼んだリヴァイの声を、与えられた痛みと快楽を、余すことなく綺麗に記憶の箱へしまって、大事に大事に、記憶の奥底にとっておこうとザラは思った。
(…幸せだった)
ぽつりと、ザラは胸中で呟いた。
(兵長に求められて、たった一度でも抱いていただけて、こんなに幸せなことはない。たとえ、それが……)
ザラは固く目を閉じた。
(───兵長にとって、何の意味も持たぬことだったとしても)
その日から、二人の逢瀬のやり取りは途絶えた。
リヴァイがザラの肩を叩いて合図を送ることもなくなったし、リヴァイと目を合わせて、ザラが微笑みかけることもなくなった。
廊下で出くわせば、ザラは貼り付けたような笑みで敬礼をしながらリヴァイに道を譲った。
すれ違いざまに、軽口を叩くこともなくなった。
ザラは一人で眠った。
寂しさに苛まれて涙が止まらない日は、ペトラが頭を撫でてくれた。
リヴァイの目の下の隈は濃くなったようだった。
リヴァイは毎夜、椅子に深く腰掛け、毛布に包まって、固く目を閉じて眠った。
そんなリヴァイの耳朶に時折、リヴァイに抱きついて笑うザラの玉のような笑い声がよみがえっては、捕らえる前に、消えていった。
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