第6章 そばに
「お前が」
撫でる手を止めてリヴァイが言った。
「お前が、泣きそうな顔するからだろ」
頭に乗っていたリヴァイの手がそっと下ろされ、ザラの目元を優しく撫でた。
「泣く顔なんざ見たくねえ。お前の涙を見ると…」
心底悲しい気になるんだ、と言葉を紡ごうと思っていたが、リヴァイはその先を言わずに口を閉じた。
ザラがまっすぐにリヴァイの瞳を見つめていた。
疑うことを知らぬ幼い少女のような瞳を見つめているうちに、こんなことを言うのはよそうとリヴァイは思った。
ザラが気を使って涙を見せなくなることの方が、よほど悲しいことのように思えたのだった。
リヴァイはザラの顔をじっと見つめた。
「…約束は」
ぽつりと呟く。
「約束は守った」
リヴァイの言葉に、ザラがこくりと頷いた。
『…ずっと想っていました。ずっと、兵長の無事を、祈っていました』
僅かに潤んだ瞳で、ザラが微笑んだ。
今日一日気を張っていたのだろう、ザラの顔色は悪く、疲労感が滲んでいた。
しばらくの間、リヴァイは優しく目を細めて、ザラの目元や頬を撫でていた。
巨人の血にまみれ、時には自分自身が負傷した大勢の兵士達が二人の横を通り過ぎていく。
ただの上司と部下のやり取りではないことは第三者からもわかったのだろう、壁内に残っていた新兵と兵士長の再会を、兵士たちは通りすがり様に好奇心に揺れる瞳で見つめた。
無論、そんな兵士たちの視線に気付いているリヴァイとザラであったが、他人の目など至極どうでもいいことのように思えた。
『兵長、お怪我はありませんか』
「ああ…全部巨人の返り血だ」
辟易とした様子で、リヴァイは額にかかった巨人の血を服の袂でぐいと拭った。
「…苦戦を強いられた訳じゃあないが、陣形配置的にも、今回はちと動き回る場所にいた」
ふー、と深く息を吐いて、リヴァイは小さく笑う。
「怪我はしちゃいねえが、疲れたのは確かだな」
珍しく、リヴァイの顔には疲れが滲んでいた。
それでも、兵士長という役柄である以上、この後もしなければならない事が山積みなのだろう。
これ以上足止めする訳にはいかないと、ザラは小さく笑うと、背筋を伸ばしてリヴァイを見据えた。
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