第6章 そばに
「傷が凄く…もの凄く、痛かったんだけど、ザラの顔思い出したら、なんていうかな…力が湧いたの」
ペトラは不意に遠い目をした。
戦地で見た惨劇を思い出しているようだった。
「会わなきゃ、って。何が何でも、ザラのもとへ戻らなきゃ、生きて、会わなきゃ、って…。そう思ったの」
リヴァイの言葉に、壁の中で帰りを待つ友の姿が脳裏に浮かんだ。
きっと一人で心細く震えているだろうその姿に、ペトラの命は奮い立たされたのだった。
「私嬉しいの。またこうしてあなたに会えたことが、嬉しくて、嬉しくて……」
にっこりと笑ったペトラの目尻から、涙が一筋だけ流れていった。
「たまらないの」
ザラは手を伸ばし、震える手でペトラの頬を撫でた。
消えていった命がある。
消えた命と、生きながらえた命を、分けたものは何だったのだろうとぼんやりとザラは思った。
「…さ、私のことはもういいから、兵長のところへ早く行きなさいよ。兵長、随分心配したらしたわよ、あなたのこと」
怪我を負ったペトラを置いて行くなどできないとザラは思ったが、ザラが首を横に振る前に、強い眼光でそれをペトラが制した。
目配せでリヴァイのいる方角を告げると、ペトラはにっこり笑った。
『……っ』
ありがとう、と小さく言って、ザラはその場から離れた。
怪我が痛むのも気にせず、無意識のうちに早足となって、リヴァイの元を目指した。
疲弊した兵士たちの間をすり抜け、時々立ち止まって辺りを見渡し、リヴァイがいないとわかるとまた足早にその姿を探した。
やがて、ハンジの後ろ姿が見え、そのすぐそばにエルヴィン、ミケなど、幹部格の兵士の姿が見えた。
あ、とザラは息を飲んだ。
艶やかな黒髪。
双眸に鋭い光を宿したその人が、そこにいた。
巨人の返り血を頭から浴びたのか、手足や髪、顔に至るまでもが赤黒く染まっている。
ザラが近づくより早く、幹部達は話を終えたようだった。
始めにエルヴィンが立ち去り、そのあとに続いてミケが、最後にハンジが何か小言を言ってリヴァイから離れていく。
その場にただ一人残ったリヴァイの背中を、離れた場所からザラは茫然と見つめていた。
彼の背負った自由の翼の紋章を、ただぼんやりと、見つめていた。
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