第5章 隣の温もり
リヴァイの足は無意識のうちにザラの方へと向かった。
まだ怪我も治っていないというのにこちらへ向かって彼女が走ってくるので、それに引き寄せられるようにして、焦るリヴァイの足も急いだ。
二人の距離が近付く。
(───あ、)
伸ばした腕がリヴァイに触れるというところで、ザラの膝ががくりと折れた。
「…ザラ!」
体勢を崩したザラを無意識に抱きとめようとリヴァイが腕を開くと、その胴にほとんどぶつかるようにしてザラが抱きついた。
二人の体が静止する。
廊下は、水を打ったようにもとの静寂を取り戻した。
ど、ど、ど、と鼓動が早鐘を打つのがザラにはわかった。
自分の鼓動と、耳元に寄せたリヴァイの鼓動が、混じり合ったり、離れたりするのを、茫然と聞いていた。
「この…っ、馬鹿!どこに無理に走る怪我人が───」
いる、と言葉を紡ごうとしたが、その言葉が発せられることはなかった。
華奢なザラの肩を掴み、力任せに引き剥がして怒鳴ったものの、リヴァイは途中で口をつぐんだのだった。
口を一文字に引き結び、見開いたザラの両の目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
リヴァイは言葉を失った。
水晶のような一点の曇りもない瞳が、涙で潤んでこちらを見ていた。
茫然とした頭の片隅でリヴァイはふと、綺麗だ、と思った。
ザラは何も言わなかった。
流れる涙もそのままに、押し黙ったまま、ただ懸命にリヴァイのことを見つめていた。
リヴァイは小さく息を吐いた。
無意識のうちに呼吸を止めていたようだった。
息を吐き、一度固く目を閉じると、ゆっくりと目を開き、眉を下げて小さく笑った。
「…そんな顔するな」
優しい声が、小さく言った。
「そんな風に泣かれると、心配になる。今日一日、お前の顔が頭にちらつく。……泣いてはいないか、悲しんではいないか。ちゃんと飯を食っているのか、一人で自分を責めてはいないか。……そんなことが頭をよぎって、他のことが考えられなくなる」
リヴァイの指が、ザラの頬を優しく撫でた。
滑らかな頬は、おびただしい涙でしっとりと濡れていた。
「待っていてくれ、ザラ。お前が待っていると思うと…力が滾るんだ。俺は戦える」
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