第5章 隣の温もり
今日くらいは休めという仲間の制止も聞かず、ザラは次の日から執務に復帰した。
無理するなと語気を強めて言うも頑なに聞き入れようとしないザラを半ば諦めるように見ていた取り巻きの同期達であるが、右手の指を折っている訳であるし、働こうにも満足には動けまいなどと思っていたが、その予想も見事に外れた。
「…どうしてこう、変なところで器用なのかねあいつは」
必要事項を書き込んだ書類の山を抱えて、ヨタヨタと兵舎の廊下を歩くザラを見つめながら、呆れた様子で言うのはエルド・ジンである。
その傍らにはペトラの姿もあり、エルドと同じく目でザラの姿を追いつつ、心配そうに眉をしかめた。
「今日の今日まで知らなかった…まさかあの子、両利きだったなんて」
「ありゃ兵士として戦えない分、何としてでも兵団の役に立とうって躍起になってるな」
「負けず嫌いなザラが考えそうなことね…ああ心配だわ、怪我を何だと思ってるのかしら。あんな風に動き回ってたら治る怪我も治らないわ」
朝、兵服を一式着込むことにも随分苦労していたザラである。
手伝おうとするペトラの好意も最後まで受け入れず、時間をかけて一人で着替えを済ませたのだった。
書類の束を執務室へと届けたのであろうザラが次に向かうのは作戦会議室だった。
明日は作戦会議室にて、来週に控えた壁外調査に関する説明と、長距離索敵陣形の隊列の大まかな発表がある。
「おいおい休憩もなしに明日の会議の準備か…?」
「…ちょっと私、止めてくる。怪我した翌日からあんなんじゃとてもじゃないけれど身がもたないわ。行って、説得しに…」
「好きにさせてやれ」
不意に背後から遮るように声が投げられ、ペトラは思わず口をつぐんだ。
驚いたのはエルドも同じだったようで、慌てて振り返ると、そこには兵士長のリヴァイが立っていた。
「リ…リヴァイ兵長!」
急いで敬礼しつつ、そっと目配せで、エルドがペトラに向かって、気配に気づいていたかと問う。
ペトラも勿論、背後のリヴァイの気配になど微塵も気付いていなかった。
「…兵長、今、好きにさせてやれ、と仰ったんですか」
躊躇いがちにエルドが言う。
聞き間違いでなければ、リヴァイはそう言ったようだった。
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