第5章 隣の温もり
「こんな時だからこそ、学べることもあるだろう。時は有限だ。無駄なく使えよ」
リヴァイにとって、そして兵団にとってしてみても、ザラはこんなところで腐って欲しくない兵士だった。
ザラの心の傷を案じたが、心を鬼にしてリヴァイは強く言い切った。
ザラが行き場のない感情を堪えるように唇を噛む。
『…こんなことで離脱して、すみません。私に何か、できることがあれば、何でも仰ってください』
「言わずもがな、だな。とにかく、傷を治すことを最優先に考えろ。無理はするな。だが腐るな。体がキツかったらすぐに言え。いいな」
身体的な無茶は控えて欲しいが、その精神だけは決して腐らせるなとリヴァイは言う。
ザラは心の内で、腹を括ろうと半ば諦めたような気持ちで思った。
今回の壁外調査は見送る。訓練からも抜ける。
一兵士との過ごし方は、多少異なるだろう。
その分、普段とは違った立場から、何かを学び、自分の肥やしにしなくてはとザラは思った。
『…兵長。帰ってきて、くださいますよね』
どこが茫然とした様子で、小さくザラが聞いた。
こんなことを聞くなど馬鹿げているとザラは自分でも思ったが、聞かずにはいられなかった。
言葉による、輪郭のしっかりとした安心が欲しい。
ザラは祈るような気持ちでリヴァイの返事を待った。
目に涙を浮かべて、ベッドから弱々しくリヴァイへ向かって手を差し出す。
リヴァイはふいに、胸が締め付けられるように思った。
ザラが、まだ年端のいかぬ幼い子供のように思えた。
寂しさを必死に押し込めて自分に向かって手を伸ばす様子に、心を打たれてしまった。
リヴァイも手を伸ばす。
ザラの手を握ると、小さな手が力を込めて、リヴァイの手を握り返した。
「……必ず戻ろう」
リヴァイが言うと、ザラの目から涙が一筋、こめかみから耳を伝って、枕へと吸い込まれていった。
「…お前のもとに、必ず、戻ろう」
ザラは涙を浮かべたまま、にっこりと笑い頷いた。
十分だと思った。
この言葉で、また、生きていける。
生きる意味を他人へと委ねるなど馬鹿げているかもしれない。
だが、そうでもしてすがる藁を見つけねば、ザラの精神は保たれぬところまできていた。
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