第5章 遺していくもの【エルヴィン 】
氷のように冷たい碧い目は旧知の友である私にすら有無を言わさない。ましてや両隣に鎮座している若者は、乞うような目で私を見つめる。これ以上団長を怒らせるのを恐れているのだ。
「承知しました。エルヴィン・スミス団長」
皮肉たっぷりに告げ、ペンを奪い取ると弾みでインクがこぼれた。右腕を失ってから左側に物を置く癖ができ、必要な文具が密集していたのだ。拾おうと屈んだ部下に気付き私の両脚が解き放たれたのを良いことに、手早く承諾のサインを済ませて台所へ向かう。今日は作戦前夜の大盤振る舞いがあるのだ、これ以上議論する時間はない。
外は木枯らしが吹く冷たい夜。
騒ぐ兵士達を後目に食堂の扉を閉めようとすると、エルヴィンの目の前に最も信頼できる男が立っていた。
「リヴァイか。もう飯はいいのか?」
ずれた上着を左手で直している間に気が利く兵士長は扉を閉め囁いた。
「お前はいいのか」
「ああ、十分頂いたさ」
「そうじゃねぇ、アイツの事だ」
「これから最後の仕事をしに行く」
一度何かを決めたエルヴィンを止める事はできないのを忠実なる翼は知っている。
「了解だエルヴィン。悔いのないようにな」
それ以上言うことはなかった。