第7章 今日くらいはいいだろう?【エルヴィン】
団長は交互に足を組み替え更にストレッチを続けている。他の兵士には見せられない姿を私には見せてくれている。喜びで踊りだしたい気持ちを堪えて平静を装うが、きっとニヤケた私の顔に彼は気付いているのだろう。
それでも、気付いていない気付いていないと言い聞かせて、リヴァイ兵長に用意したはずの焼き菓子に手を伸ばす。
やっと二人っきりになれた、しかも少し甘いムードまで漂っているではないか。これがチャンスとばかり、団長の引き締まった身体を盗み見する。どうやら私も相当疲れているらしい。
「私の事も気にせず食べたまえ」
過去最高に疲れているのだろうか。何やらフシダラな天の声が聞こえてくる。しかし、私を見つめる団長の表情を見ると幻聴ではなさそうだ。
「団長を・・食べる・・とは?」
自分の耳がおかしかったと気付いたのは、団長の表情にハテナマークが浮かんだのを見たから。
「私の事は気にせず食べたまえ・・といったのだが?」
団長の指差しの先には、焼き菓子に手を伸ばそうとしたままの私の手。
団長は私が焼き菓子を食べたくて食べてくて堪らないけれど、食べてよいか分からなくてチラチラ様子見をしていると思っていらっしゃるのだ。終わりだ、終わりだ! せっかくの2人きりの夜に意地汚い女だと思われた。
「あ、いや・・その・・頂きます・・」
全てを忘れようと焼き菓子に手を伸ばし続け、それが更に最悪な状況へと自身を導いた事に気付いたのは、ラスト1枚の焼き菓子に手を付けた時だった。焼き菓子は4枚あったはず。エルヴィン団長とリヴァイ兵長に2枚ずつ・・。横からは堪え切れなかった笑いが漏れている。
「・・すみません・・新しいものを持ってきます」
立ち上がろうとした手は引っ張られ、改めてソファーへと身を沈める。
「これで十分だ」
不意に唇に柔らかいものが触れる。大好きな人の顔が息のかかる距離にあり、彼の金髪が私の額に触れた。
目を閉じることも忘れ、動けない魔法が解けたのは、彼の碧い瞳を見た時だった。
「今日くらいはいいだろう?」
「エルヴィン・・」
“団長”と言わず呼び捨てにするのは不敬だ。しかし、団長の肩書は不要に思えた。目の前にいる男性は、ただのエルヴィン・スミス。
「今日くらいはいいですよね?」
頷いた彼と2度目のキスを交わした。
——Fin——