第10章 帰還2
政宗は、眉間に皺を寄せながら、昨日の事を考えていた。
信長の命令。
『あつ姫を下女として扱った者全て、首を刎ねよ』
……非常にまずい。
目の前の二人は、まさにその当事者なのだ。
しかし、相手があつ姫でなくても、この女達は、いつも楽をしようとしている。
いずれは、他にも問題を起こし処分されるだろう。
だが、自分と関わり、火の粉が飛ぶのはゴメンだ。
「とにかく、台所に行け。……行けば、理由が分かる」
「えっ……? あの、仕事はないですよ」
「そうです。先程も申した通り……」
「黙れっ! 新しい下女など居ない。お前らは、楽する事ばかり考える。本当に首が飛ぶぞ」
尚も聞き分けない二人に、政宗は声を荒げた。
今までの彼とは違う態度に、女達はビクビクと怯え着物を着ると出口に向かった。
「待て……言い忘れたが、俺には二度と触れるな。……行け」
思いも掛けない言葉に、女中達は、逃げるように部屋を出て行った。
政宗の言った事は、至極真っ当なのだ。
本来なら武将と、いや、城で働く男達全てが、若い女中や下女との色恋は禁じられている。
それは、全て信長の物だからだ。
まあ、そうは言っても、皆自由にしている。
余程の綺麗な女以外、信長も黙認していた。
そういう美女なら、即、奥御殿行きだ。
ゆえに政宗も安心して、女達と遊んでいた。
だが、あつ姫が現れ、事態が変わった。
信長のもうひとつの命令……
『あつ姫の前で下世話な話をするな』だ。
それくらいなら大丈夫なのだが、『側室など以ての外』だとも言われた。
確かにあつ姫は、側室や閨での事を知らないようだった。
姫君であれば、いずれは教育されるだろうが、信長の意図が全く分からない。
あの、魔王とまで言われ、冷酷無比などと噂されている信長。
まあ、あくまで噂で、そこまで冷酷ではないが。
今まで本気で笑ったところは見た事もないが、娘のあつ姫に対しては、口調まで変わり、溺愛しているのが分かった。
信長の、あの溺愛ぶりは、どこまでなのか分からない。
しかし、無礼な発言で、自分を殺そうとしたのは確かだ。
政宗は、喉をゴクリとさせ、ある場所に向かうべく部屋を後にしたのだった。