第12章 憂鬱1
軍議も終わりに近付いた頃、脇息にもたれ、静かに話を聞いていた信長が、持っていた鉄扇で畳をトントンと叩きだした。
苛ついてきた時の仕草だ。
秀吉は、その様子に慌て、早口になる。
「では、お屋形様の御触書きを元に、各部署で徹底させる、という事で宜しいでしょうか?」
「ああ、それで良い。……だが、秀吉、今後はこのような事がないようにせよ。以上だ」
吐き捨てるように言い放った言葉は、秀吉の失態を咎めるものだった。
だが、立ち上がった信長は、秀吉の返事を聞く事なく、さっさと大広間を後にした。
そして、それを茫然と見送る武将達。
と、家康が口を開いた。
「政宗、お前、このままだとマズい事になるぞ」
「……っ、分かっている」
「まあ、俺には関係ないが、今すぐ行かないと、信長様が天主に入られたら、明日までお会い出来ないぞ」
そういう家康もまた、薄く笑うと大広間を出て行った。
政宗は、完璧に信長と話す機会を失ったと思ったが、いや、今なら間に合うと、自分の家臣を捨て置き、慌てて信長を追い掛けて行ったのだった。
その頃、
天主に向かう廊下で、信長の足を止めていたのは、光秀だった。
「お屋形様、それは、どういう意味でしょうか?」
「どうもこうもない。あつ姫は、側近達の顔も名前も思い出しておらん。まあ、如月の名は覚えておったがな。ゆえにあつ姫が思い出すまで、貴様は近付くなという事だ」
「いや、しかし……私は……」
「光秀、聞き分けよ。あつ姫が混乱する。守りたいのであれば、影で動け」
信長は、もう話す事はないと、その場を立ち去ってしまった。
光秀も仕方なく踵を返すと、走って来た政宗と勢いよくぶつかった。
「光秀殿、すまないッ! 急いでいるので失礼する」
「政宗、ちょっと待て」
光秀は、焦る政宗の腕を掴み、無理矢理その足を止めた。
無論、その行動にムッとした政宗は、格上の光秀を睨みつけた。
「急いでいると申したでしょうッ!」
「分かっている。お屋形様なら、天主台に吊るされている二人を見に行かれたぞ」
「は……? 本当か?」
「俺が嘘を吐いてどうする。あれは、政宗、お前の不始末だろう。さっさと何とかしろ」
「そんな事は分かっているッ!」
腕を離した途端、走り去る政宗を見て、光秀は大きな溜め息を吐き、自室に向かったのだった。