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夢幻の如く

第10章 帰還2


来てしまったものは仕方がない。
苛つきながらも、文机の前に座った信長は、両腕を組み、目を瞑った。
その様子に、家康は戸惑った。
今まで、早朝、しかも信長の寝起きに登城し、天主に来る事などなかった。
ゆえに勝手が分からないのだ。
すると、信長が口を開いた。

「家康、さっさと入れ。俺の時を無駄にするでない」

「はっ、はい!」

慌てた家康は、文机を挟んで信長の前に座ると膝の上に両手を置き、拳を握った。
しかし、言葉を発する事はない。
何を話すか迷っていたのだ。
夜中に信長の後を追いかけ、偶然にもあつ姫を見つけたのだが、それを正直に話して良いものか分からない。
しばし、二人の間に沈黙が続いた。

その頃、
湯殿に着いた私は、あっという間に如月に寝間着を脱がされていた。
私専用だと信長は言っていたが、まだ真新しい湯殿に視線を彷徨わせた。
(すごく広いな。一人で使うのは勿体ないなぁ)
考えながら湯船に近付こうとすると、後ろから如月に抱えられ、椅子に座らされた。

「あつ姫様、本日は、極力動かないで下さい」

「何でだ? 昨日は、掃除もしたし、台所も手伝ったよ。それに、たくさん歩いたけど大丈夫だった」

如月は、桶のお湯を私の肩から少しずつかけながら、大きな溜め息を吐いた。

「だからです。ほとんどお食事もされておりませんのに、力仕事をされました。姫様もお気付きでしょう? すぐに眠くなる事を。貴女様は、お疲れになると本能的に身体を休める為、睡眠状態に入ります。今回は、時を超えた事で、かなりの体力を消耗しております。ですから、本日は、この如月めに全てお任せ下さいませ」

「……相分かった……。でも」

「駄目です。お父上様も心配されております。良いですね?」

少しくらい動きたかったのだが、信長を引き合いに出され、仕方なく頷いた。
それを見た如月は、満足気に微笑むと私を抱き上げ、一緒に湯船に浸かった。
彼女は、襦袢のようなものを着たままだったが、私が湯船で溺れないように膝の上に座らせていた。
流石に溺れないと思ったが、檜で出来た浴槽はかなり深く、泳げない私は、もしかすると溺れるなと思い直し、何も言わず、如月の膝の上で大人しくしたのだった。
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