第10章 帰還2
珍しく瞳が揺れているあつ姫を見て、信長も動揺した。
だが、大吾の話した通りの展開に、信長が、城の者達に怒りを覚えたのも事実。
これ以上あつ姫が傷付かないよう、言葉を遮ったつもりだったのだが、裏目に出てしまった。
信長は、気持ちを落ち着け、あつ姫の頭を優しく撫でた。
「俺の話をよう聞くのだ……。いつの時代でも、織田信長の娘はあつ姫だけだと言うたであろう。俺の前世の記憶では、帰蝶を離縁した後、他に正室は娶っておらん。ゆえに新しい家族など居らんのだ」
「……っ」
私を想うあまり、信長に、家族が居ないと言わせてしまった。
しかし、事実は変えられないと、私は半身を起こし、信長を真っ直ぐ見た。
そして、涙を無造作に拭うと、満面の笑みを浮かべた。
「そんな事を言ったら、家族が可哀想だよ。この時代にはパパの娘が居る……。別に悪い事じゃない。……姫が部屋を借りてたから、別の所に居るんだよね? 気を使わせちゃった。その娘を大事にしてあげて……織田信長には、幸せになって欲しいから……もう行くよ」
私には、信長が何故、新しい家族を隠すのか分からなかった。
確かに娘は一人だけだと聞いていた。
だから、娘が二人いてはならないのだ。
これ以上は、同じ話の繰り返しだと思い、私は、天主を立ち去る為に立ち上がろうとした。
だが、片腕を掴まれ、信長の胸に引き寄せられた。
「あつ姫、俺が前世の話をせなんだのは、娘の顔を思い出す事が出来なんだからだ。それも、先程言うた通り、新しい家族など居らんからだ。だが、お前がこの時代に来て、娘の顔をはっきり思い出した。……それは、あつ姫、お前の顔だ」
「……っ、姫の……顔……?」
「ああ、そうだ。あつ姫、お前の顔だ。確かに娘は一人だけ居る。だがそれがお前だと、今なら断言出来る。織田信長の娘は、あつ姫、お前だけだ」
頑なに話を信じない娘に、信長は根気よく言い聞かせる。
これ以上、娘の泣き顔は見たくないし、離れる事など出来ない。
しかし、己に似て頑固だ。
あつ姫以外なら、怒鳴ってねじ伏せただろうが、自分の娘にはとことん弱い。
娘の為なら、命を張る。
ゆえにこの時代に来たのだった。