第9章 帰還1
真夜中の誰も居ない廊下をぼんやりと歩く光秀。
その表情は暗く、重苦しい。
出るのは、溜め息ばかりだった。
と、突然目の前が明るくなり、足を止めた。
そこに現れたのは、昼間、光秀を怯えさせた、白金の髪の少女だった。
彼に背を向けて立つ少女の顔は見えない。
だが、震え始めた光秀は、自ら膝を付き、頭を下げた。
すると、少女の溜め息が聞こえた。
「……何故、頭を下げるのだ? 己の罪が分かっておるのか……? 光秀、貴様のした事は、私が無かった事にした。二度目は無いと思え」
「……っ、ははぁっ! 申し訳ございませんでした」
頭を下げる光秀は、未だ震えが止まらず、発した声も上ずっていた。
それを聞き、更に大きな溜め息を吐く少女。
「光秀、この仮の姿を見て怯えるのも大概にせよ。貴様も武将の端くれであろうが……」
「はい……。しかし、貴女様の纏う気が強く、こうして頭を下げているのが精一杯です。……御心を安らかにして下さい」
「ふんっ、貴様に言われずとも分かっておる。だが、私の手を煩わせる貴様のせいでもある。今後は、よう考えて行動せよ」
「ははぁっ!」
光秀は、床に付くほど頭を下げ返事をしたが、それを聞かずに少女は姿を消したのだった。
同じ頃、
天主の寝所では、信長があつ姫のうわ言に、片眉を上げていた。
「あつ姫、魘されるのは、光秀の血生臭さを感じたか……お前の為、奴を遠ざけたが無駄であったな。……くそッ! 光秀め、覚えておれ」
あつ姫の頭を撫で、魘される娘を労わる信長は、もう片方の手を固く握り締めていた。
そうして、しばらくするとあつ姫の規則的な寝息が聞こえて来た。
それに安堵した信長は、あつ姫の顔に付いた泥を手拭いで優しく拭い始めた。
と、突然あつ姫が目を開け、信長に視線を向けた。
「……パパ……? 会いたかった」
「……っ! あつ姫」
信長は、娘の顔を見て何故か驚き、言葉が出て来なかった。
それは、大吾に向けたように、信長にも無邪気な笑顔を見せたからだった。
「……笑った……何年振りだ……? お前の笑った顔を見られるとは……」
感慨にふける信長を他所に、あつ姫は、再び眠りについた。