第9章 帰還1
信長は、足早に天主へと向かっていた。
その後ろには、大吾が居たのだが、先程の信長の顔を思い出し、口を開いた。
「信長公、あつ姫様が襦袢姿なのは、姫様のご意思だと思われます」
「あつ姫のか?」
歩みを止めぬまま、信長が問うと、大吾は、小さく溜め息を吐いた。
「……はい。決して家康殿が脱がせた訳ではありませんので、ご心配なく」
「ふんっ、そうであれば、あやつを殺してやったわ……俺が危惧したのは、家康の行動だ。何ゆえ真夜中に山の中に入っていたのかが問題だ。まあ、明日一番に登城するであろうから、その時に話を聞く。して、貴様は今後どうするのだ?」
信長の問いに大吾は、顔を歪めていた。
今までは、信長の忍びとして、仮に動いていたが、影の存在である大吾は、これ以上、人に姿を見られる訳にはいかないのだ。
ギュッと拳を握り締めると、大吾は重い口を開いた。
「信長公……俺は……姿を消します。あつ姫様が全てを思い出すまで、俺は、再び影となります」
「……左様か……いずれ会うまで、息災でいろ」
「くれぐれも徳川家康に気を付けて下さい。では」
大吾は、家康の行動を他言しない代わりに、信長に注意を促し、その場から消え去って行った。
「ふんっ、言われんでも分かっておるわ。家康だけではないがな……」
独り言を呟いた信長は、忌々しそうに、家康の羽織を見ると、奥歯をギリッとさせたのだった。