第9章 帰還1
「家康、さっさと来い」
黒金門から聞こえる声で、家康は、ハッとした。
大吾の言葉を聞き、再び足が止まっていたのに気付かなかった。
そして、それを訝しんだ信長が、声を掛けたのだ。
小さく息を吐いた家康は、何事もなかったように黒金門へと向かった。
「信長様、あつ姫様を見つけ……」
言い終わる前に、信長が家康の腕からあつ姫を奪った。
襦袢姿という事もあり、家康が自分の羽織であつ姫を包んでいたが、信長は、それに顔をしかめた。
「家康、あつ姫を見つけた経緯は明日聞く。貴様はもう戻れ」
「あ、はい……。ですが……」
「二度も言わせるな。戻れと言うておる」
既に家康に背を向け、歩き出していた信長は、大切な娘を早く城の中に連れて行きたかったのだ。
そして、家康の返事を聞かず、黒金門をくぐった。
「家康殿、もう会う事はないと思いますが、あつ姫様を正室に迎えるなどという考えは捨てて下さい。……では」
冷たく言い放った大吾もまた、家康の前から姿を消したのだった。
残された家康は、拳を握り締め、小さくなる信長の後姿を見送り、屋敷へと帰って行った。