第9章 帰還1
真夜中の大手道には、家康の足音だけ響く。
後ろを歩く大吾の足音はしない。
無論、忍びゆえの事だが、視線が家康の背中に突き刺さる。
しばらく、それに耐えていた家康だが、黒金門が見えると、口を開いた。
「お前が、俺を非難しているのは分かる。だが、俺も何故あんな事をしてしまったのか分からないんだ。言いたければ、信長様に言っても良い。俺は責任を取る」
「『責任を取る』? 家康殿、腹でも掻っ捌きますか?」
いつの間にか家康の横を歩いていた大吾は、それが自分の望みだと言いたげな表情をしている。
だが家康は、大吾の予想を裏切る言葉を言い放った。
「腹を切る……か。死んだら終わりだろう? 俺は、そんな事はしない。俺の責任の取り方は、あつ姫を正室に迎えて幸せにする事だ」
大吾の足が止まった。
そして、
「ハッ、ハッハッハッ! 家康殿、勘違いも甚だしい。正室があつ姫様の幸せになると思っているのか? あつ姫様の事を知りもしないくせに」
高らかに笑う大吾は、心底、家康を馬鹿にしていた。
けれど、当の本人は、何故笑われるのか分からない。この時代、いくら家柄が良くても、家康ほどの大名の正室になれる事は少ない。ほとんどが、生まれる前から許嫁か人質と決まっているからだ。
そして、その全てが政略的なもの。
ゆえに信長も子を政治に使うだろうと、家康は考えていたのだ。
「信長様にとっても悪い話じゃないだろう。娘が力を持つ大名の正室になれば、より力を得るんだ」
「ククッ、家康殿は、信長公の事も分かっていないと見える。今の話、信長公にされない方が良い。意味はすぐに分かりますよ」
大吾に再度馬鹿にされ、眉間に皺を寄せる家康だが、何故か、それ以上言葉が出て来なかった。