第2章 暗闇
信長が目覚めた少し後。
あつ姫の前には、男が茫然として立ち尽くしていた。
「どう言う事だ……? 何故ここに……。お屋形様にお知らせせねば」
男は踵を返すと、素早くその場を立ち去った。
それを影から見ていた、もう一人の男。
入れ違いで、中へと足を踏み入れた。
「あれは、明智光秀か。……それにしても、なんて事を……無理に鎖を抜くと、壁が崩れて下敷きになる。恐ろしいくらい残酷だな。仕方ない」
奥歯をギリッとさせると、あつ姫を繋いでいる鎖を叩き斬った。
そして、持って来た打掛けを頭からすっぽり被せ、壊れ物を扱うように横抱きした。
「もう大丈夫です。ここから出ましょう。……姫様……」
高熱でうなされるあつ姫に語りかけると、静かに部屋を出て行った。
一方、未だ睨み会う信長と帰蝶。
帰蝶が口を開く。
「わたくしは、明智さえ傍に居れば、それで良いのです。……信長様は、愛する者がおられないから、わたくしの気持ちなど分かるはずもございません」
「貴様、言わせておけば……俺にも愛する女は居る。……我慢の限界だ。殺してくれるわ!」
信長が刀の刃先を、更に帰蝶に近付けた時だった。
「お屋形様っ! 明智にございます。至急ご報告致したい事が……」
襖の向こうから叫ぶような声が聞こえた。
「チィッ……入れ」
間が悪いと思いながら、信長は舌打ちをすると刀を鞘に納めた。
当然帰蝶は、顔を紅潮させると笑みを浮かべて振り向いた。
が、しかし、部屋に入って来た明智は、帰蝶に目を向ける事なく跪いた。
その顔は、かなり険しく何かあったのだと、信長と秀吉は察した。
「光秀、何用だ?」
「はい。先日、お屋形様が戦場から連れ帰った娘ですが、牢で倒れております」
「……っ‼︎ 何だと……?」
と、ここで、秀吉の顔が段々と青ざめていった。
それを信長が見逃すはずもなく、彼を鋭い目で見た。
「秀吉、どういう事だ?」
信長は、再び柄に手をかけ、ガチャリと鯉口を切った。
その時、
スパーンッと襖が開いた。
そこには、あつ姫を横抱きした、忍び装束の男が立っていた。
「……⁉︎ 曲者!」
無論、秀吉は真っ先に抜刀し、男に刀を向けた。
しかし、皆を無視すると、一歩、二歩と信長に近付いた。
また、その男が歩を進める度にガチャガチャと鈍い音がしていた。