第2章 暗闇
男の圧倒的な威圧感に、秀吉は緊張が走り、手に汗をかきながら、柄をギュッと握り締めていた。
しかし、信長は全く警戒しておらず、男を見ていた。
そして、男も信長を真っ直ぐに見ると口を開いた。
「信長様、この娘を牢に入れ、鎖で繋ぐなど、どういうつもりですか……? この娘は、三日も牢に放置され食事も与えられず、衰弱して高熱を出しています」
「な……っ!」
信長の濃藍色の瞳が赤色に変化すると、秀吉を睨みつけた。
秀吉は焦った。
『任せる』と命を受けたが、単に牢屋に入れ拷問すれば良いと思っていたのだ。
しかし、信長の代わりに政務をこなしていた為、牢屋に置き去りにし、すっかり忘れていたのだった。
「い、いえ……それは……」
信長の赤い瞳に睨まれ、言い淀む秀吉。
娘は打掛けに包まれており、どんな状態かも分からない。
しかも、指示をしただけで顔すら覚えていないのだ。
信長の鋭い視線に秀吉は言葉が出なかった。
そんな秀吉を一瞥すると、信長は口を開いた。
「もう良い……大吾、娘を俺の寝所へ連れて行け。秀吉は外で待て。……それと光秀、貴様は帰蝶を城から追い出せ」
「は……? お屋形様、素性も知れぬ娘を天主の寝所に入れるなど……」
「秀吉、喧しい。素性なら知っておる。娘の名は『あつ姫』だ。早う出て行け」
「は、ははっ」
機嫌の悪い信長に、秀吉はそれ以上何も言えず、信長の居室を後にしたのだった。
大吾はというと、さっさと寝所へと続く内階段を上っていた。
だが、光秀も立ち上がると寝所に向かおうとしていたのだ。
無論、その行動に信長が眉間に皺を寄せた。
「光秀、待て……貴様、どこへ行くつもりだ? 貴様には、この女を城から追い出すよう命じたはずだ」
「……っ、はっ……しかし、あつ姫様の事が……」
「光秀、二度も言わせるな。帰蝶を追い出し、俺の前に二度と現れぬようにせよ」
「……っ、仰せのままに」
明らかに嫌そうな顔をした光秀。帰蝶を見ると視線を合わせず、彼女に部屋から出るよう促した。
片や嬉しそうな顔をした帰蝶は、信長に深々と頭を下げると、光秀と共に部屋から出て行った。