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夢幻の如く

第9章 帰還1


天主に戻っていた信長は、窓からジッと外を眺めていた。
そして、大手道に出て来た人影を見て、身を乗り出した。

「あれは……」

目を細め、口角を上げた信長は、己の後ろに現れた男に声を掛けた。

「大吾、家康が何かする前に、あつ姫を連れて来い」

「……? 承知……」

一瞬、意味の分からなかった大吾だが、自分がした事と、同じ事を家康がするのではと感じた。
心の中をかきむしられるような、激しい焦燥に駆られた大吾は、信長の横をすり抜け、窓から飛び出して行った。

「ふんっ、焦り過ぎだ。お前が思いを募らせても無駄だと分かっておろうに……」

大吾の気持ちを知っているかのように呟いた信長は、その後を見る事なく、居室を出て行った。

その大吾は、視線を一点に集中させたまま屋根を伝い、闇夜を突っ走った。
目指すは、己の主君あつ姫の元へ。
そして、最後の縄を引っ掛けると、大きく跳躍し音もなく、立ち止まる家康の前に姿を現したのだった。

「……っ、誰だ?」

人影に狼狽えた家康は、己の邪心を悟られないよう虚勢を張り、ゆっくりと視線を大吾に向けた。

「家康殿、今、あつ姫様にされた事は他言しません。ですが、姫様の意識がない時に、妙なお戯れは止めて下さい」

「な……っ!」

見られていた事の羞恥から、家康の顔には、みるみる熱が集まり真っ赤に染まっていた。
しかし、そこは闇夜。
大手道の両側に灯りはあるが、家康の顔色は分からない。
己の事は棚に上げ、家康を非難するような目つきで見る大吾は、言葉を続ける。

「信長公があつ姫様をお待ちです。俺が代わりますか?」

「いや、良い。あつ姫が起きるといけない。俺が連れて行く」

差し伸べられた大吾の手を肩で押し退け、あつ姫を宝物のように抱え歩き出す家康。
片や、手を払われた大吾は、ギュッと拳を握り締め、その場を耐え、家康の後ろに続いたのだった。
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