第9章 帰還1
「あれは、徳川家康……何故ここへ……あいつに先を越されるとは……チィッ、仕方ない。とりあえず先回りして、信長公に報告しないと」
先にあつ姫に辿り着いたのは、家康だった。
大吾は、少し遅かっただけだが、家康が居る以上、出て行く事が出来なかったのだ。
苦々しい顔をしながら、大吾は、足早にその場を離れた。
その家康は、あつ姫が見つかったと思い、信長の後を追っていたが、結局、途中で止めてしまった。
それは、自分が何故そこまでするのか、分からなかったからだ。
そして、屋敷に戻ろうと馬の手綱を引くが、馬は全く動かない。
仕方なく、馬の自由にさせていたのだが、しばらくすると、馬は、大手道に向かい歩き始めた。
だが、途中で、脇道の山に入る道に進んでしまったのだ。
まあ、そこは既に安土山であり、家康にとっては危険ではなく、眠れない夜を馬に付き合おうと、散歩する事にした。
すると、山の中にポツンと明かりが見え、不審に思った家康は、一人、山の中に分け入った。
そして、明かりに引き寄せられるように向かった所であつ姫を見つけたのだ。
家康が信長の後を追わなければ、あつ姫を見つける事は出来なかっただろう。
家康は、己の腕の中で眠るあつ姫の顔を見て、心底安堵していた。
「全く、心配させて……」
文句を言いつつも、家康の顔は穏やかだ。
更に、あつ姫が起きないよう、馬には乗らず、歩いて城に向かっていた。
二人だけの時間を堪能するかのように。
そして、あつ姫の顔を見るうち、その小さな唇に口づけを落とした。
「あつ姫、俺が守ってやる」
そう呟き、家康は、もう一度あつ姫に己の唇を重ねた。
今度は、その唇を離さず、あつ姫を抱く腕に力を入れていた。
「んん……」
息苦しさにあつ姫が身動いだ。
刹那、家康は我に返り、唇を離した。
「俺は……何を……」
自分でも、何故、口づけをしたのか分からなかった。
相手は見るからに子供だ。
それなのに、口づけをし、欲情してしまったのだ。
あつ姫が来てから、自分の行動がよく分からなくなった家康は、しばらく、その場に立ち尽くしたのだった。