第8章 それぞれの苦悩3
自分が何者なのか分からない。
いや、織田信長の娘という事は分かっているが、自分が、それだけではない事も分かっている。
だが、それが分からないのだ。
分かっているのに、分からない。
意味不明だ。
苛々が増すばかりで、目の前の男を睨むが、全く動じていない。
と、次の瞬間、足が勝手に動き、男との間合いを詰めると、両手を伸ばし、男のマントを掴んでいた。
「始祖……やはり貴様は、殺しておくべきだった」
「……っ、あつ姫……俺を思い出したのか……?」
「……? 今、姫が喋った? 何の話……」
そこで私の意識は途切れた。
『始祖』と呼ばれた男は、倒れていくあつ姫を抱き止めた。
そして、虎を背もたれにするようにあつ姫を寝かせると、大きな溜め息を吐いた。
「怒りで、一瞬だけ思い出したか。だが、しばらくは、俺の事を忘れていろ。その間は、俺も出て来ない。……愛しいあつ姫……記憶がないまま連れて行っても、お前を怒らせるだけだな」
あつ姫の頬を撫でながら、連れ去りたい衝動を抑える始祖。
と、不意にその手を止めた。
「二人の男が近付いて来る。……一人は、大吾。もう一人は、あいつか……どちらが先に、あつ姫の元に辿り着くか……あつ姫、お前は怒るかもしれないが、お前の捨てた感情を一つ戻してやる」
そう言うと、始祖は、あつ姫の額に口づけをした。
刹那、ガサガサと音が聞こえた。
始祖は、マントを翻し、その場から名残惜しそうに消え去った。
パキパキと落ちた枝を踏み、草を掻き分けて現れたのは……