第8章 それぞれの苦悩3
真っ白なマントに黄金色の気を纏う男。
私を知っているようだが、その男を見ていると、無性に苛つくのだ。
「貴様、話さないなら、もう消えろ」
「……相変わらず、俺にはキツイな……あつ姫、記憶が混乱しているのではなく、記憶が抜け落ちているのだろう? 俺は、その記憶を思い出させる事が出来るが、それはお前を激怒させるだけだ」
「ふんっ、既に苛々が爆発しそうだわ」
記憶の事を言われ、余計に腹が立ってきた。確かに、『混乱』ではなく『抜け落ちている』だ。しかも、目の前の男は、その記憶を思い出させる事が出来ると言う。
けれども、それをやってもらおうという、気にはなれない。
苛々しながら、虎の頭を撫でていると、目の前の男が、大きな溜め息を吐いた。
「あつ姫、記憶はいずれ思い出す。今大切なのは、お前が時を超えた事だ。……時を超える事は、お前の運命ではあるが、まだ、その時ではなかった。……お前が、時を超える日と、超えた先の日付けは決まっていたんだが、全てが狂った。まあ、信長が意識を飛ばし、前世の自分と融合する事は想定内だがな」
「……パパ……やっぱりあの時、後を追って来たんだ」
虎の頭から手を離し、ギュッと拳を握り締めた。
それは、自分のせいで、信長を巻き込んでしまった、後悔……
だが、私は言葉を絞り出した。
「貴様が言いたいのは、私が無理矢理、時を超えたという事か? 私とて、この状況は本意ではないし、元の時代に戻りたい。しかし、私より先に、父や護衛達を元の時代に戻さなければならないが、その方法が分からない」
「あつ姫、記憶が戻れば、そんな事は簡単だ。……まあ、超えてしまったものは仕方がない。しばらく、この時代を堪能しろ。だが、歴史に干渉はするな」
「そんな事はしない。だから、織田信長の人生を変える訳にいかないと、城を出て来た」
私は、小声でそう言うと俯いた。
天主で暮らせば、信長の新しい家族の邪魔になる。娘が居たと聞いていたし、となると、帰蝶の後に他の正室を娶り、娘が生まれたのだろう。
かなり溺愛していたらしいが、娘の名前すら教えてもらえなかった。
父親の前世だが、歴史に名前も残らない娘に、自分を重ねていたのだ。
そうして、信長の事を考えていると、膝の上にポタポタと涙が落ちていた。