第8章 それぞれの苦悩3
状況を飲み込めない老人が、大吾に声をかけようとした。
その時、奥の襖が開いた。
そこには、太刀を構える老婆がいた。
「あんた、何者だい! 私が相手になるよ!」
「ばっ、婆さん! 止めろ。この人は、信長様の使いの方だ。人を探しに来られただけだ」
老人の言葉で、老婆はヘナヘナと、その場に座り込んだ。
警戒心の強い夫が、その警戒を解き、相手を敬うような言葉使い。
目の前の大男が、自分達夫婦より上の立場だと瞬時に察したのだ。
だが、人探しと言われても心当たりがない老婆。
「そんな、戦の火種になるような者は来てません」
「クッ、流石、信長公の元忍びだな。夫婦して同じ事を言う。だが、俺の探している方が見つからなければ、戦どころの騒ぎじゃない。信長公は、この日本中に住まう者全てを殺すだろう」
言い方はおかしいが、それくらい重要な人物なのだと夫婦は思った。
しかし、老人に疑問が湧いた。
「大吾殿、探しておられるのは、黒髪に青い目の娘という事は分かりました。しかし、あの娘が、そんな重要な人物とは思えません。父親に新しい家族が出来、邪魔者扱いされ、挙句追い出された娘です」
「それは先程も聞いたが、邪魔者扱いなどするはずがない。そもそも、信長公に新しい正室の話などない」
「……‼︎ あ、あの、信長様がなぜ出て来るんですか?」
老婆が口を挟んだのだが、顔は青ざめ、額には汗をかいている。
大吾が、それを見逃す事はなく、大股で老婆に歩み寄った。
「婆さん、殺しはしない。知っている事を正直に話せ」
そう言う大吾は、言葉と裏腹に、今にも殺しそうな殺気を醸し出していた。
と、その時、大吾の殺気を上回る気を放つ男が、家の入口に立っていた。
「どういう事だ? 貴様ら、娘をどこへやった?」
「……‼︎ の、信長様、どうしてここへ……」
老人は、突然現れた信長に驚き、問いに答えられなかった。それは、信長の怒りを煽ってしまった。
「娘に何かあったら、貴様らとて許さん。娘は何処だっ!」
長年、信長に仕えてきた忍び夫婦だが、ここまで怒りを露わにする信長を見たのは初めてだった。