第8章 それぞれの苦悩3
大吾は、『命を取りに来た訳じゃない』と言ったが、異様な殺気を放ち、老人は、立っている事が出来ず、その場に座り込んだ。
そこにいるだけなのに、恐ろしさを感じ、老人は、息をするのがやっとだ。
本人は、『風魔小太郎』と肯定も否定もしていない。だが、噂に聞いただけで、誰も『風魔小太郎』を見た事がないのだ。
老人は、目の前の男に対して警戒を解かず、少し考え込んだ。
と、大吾が口を開いた。
「爺さん、俺の名は大吾だ。信長公の使いでやって来た事に、間違いはない。俺は人を探している。あの食事処にいた事は分かっている。だが、その後の足取りが消えた。……そして、それを知っているのはお前達だ」
「人を探している……? それはどういう事だ? 信長様直々の依頼なら、わしの耳に入るはず」
「ククッ、残念だが、俺はお前達より上の立場だ。俺の動きは、他の忍び達も関与出来ない。で、どうなんだ? 何か知ってるのか?」
老人は、更に考え込んだ。
大吾を信用できないのだ。
だが、食事処の秘密を知り、自分達夫婦が元忍びと知っている。
どちらにせよ、何か話さないと殺される事は間違いない。
老人は、心を決めた。
「戦の火種になるような者は来ておらん。いつもと同じじゃ。まあ、家を追い出された見すぼらしい娘っ子が来たが、関係ないじゃろ」
大吾の顔色が変わり、気付くと老人の首に忍刀の切っ先が触れていた。
「『見すぼらしい娘っ子』だと……? それは、漆黒の長い髪に青い瞳か?」
大吾は、先程より更に殺気立ち、老人は今まで感じた事がない程の恐怖を感じた。
「そ、そうじゃ……黒髪に青い目。だが、顔は泥だらけで、襦袢に古びた着物を羽織っておった。父親に新しい家族が出来て邪魔者扱いと聞き、娘っ子が不憫に思えて、飯を食わせてやっただけだ」
「食事を……させてくれたのか……」
大吾は、そう呟くと忍刀を納め、老人と目線が同じくらいになるまで屈んだ。
「すまなかったな。怖い思いをさせた。あんたは、姫様の恩人だ」
「ひ、姫様?」
とここで、老人の目が見開いた。
大吾に先程までの殺気はなく、娘の事を『姫様』と呼び、苦しそうな顔をしていたのだ。