第7章 それぞれの苦悩2
信長の忍びとは、無論大吾の事である。あつ姫が本当の主君だが、忍びでも、影である大吾が姿を見せる事はない。ゆえに信長の忍びとして動く方が都合が良いのだ。
その大吾は、店じまいをした食事処の前に居た。
あつ姫の残した手かがりと微かに残った足跡を辿って来たのだ。
しかし、食事処で、その足跡も消えていた。
「あつ姫様は、確かにここまで来た。食事処の者が何か知っているはず。……しかし、この食事処は……」
少し顔を歪めた大吾は、足早にその場を去った。
同じ頃、信長は、奥御殿で難しい顔をして座っていた。
廊下には、着飾った女達が所狭しと並んでいる。
と、一人の年配の女が部屋に入って来た。
「信長様、お酒をご用意致しますか? それとも、寝所でお休みになられますか?」
「すぐに天主に戻るゆえ、酒は要らん。俺が来たのは別件だ」
年配の女は、怪訝な顔をして信長の前に座ったのだが、その途端、信長は、折り畳まれた紙を放り投げた。
「今居る側室の数を減らせ。古い順からだ。無論、側室候補もだ。それ以外、人質や花嫁修業の者は残せ。追い出す女達の名は、そこに書いてある」
女は、紙を広げ目を通すと、訝しげな顔をして信長を見た。
「信長様、これは、側室の方達ほとんど……よろしいのですか?」
「貴様は、言う通りにすれば良い。子も産めんし、贅沢三昧の側室など無駄だ。ここを出た後の、それぞれ行き先も書いてある。それとだ、残った奥御殿の女達は、しばらくここから出る事を禁ずる。以上だ」
一方的な話をして、信長は奥御殿を後にした。
そして、すぐに天主に戻ったのだが、大吾はおろか、光秀や如月からの報告もなく、信長も眠れぬ夜を過ごす事になった。