第6章 それぞれの苦悩1
秀吉らは、眉間に皺を寄せ、信長の言葉を待っていた。
がしかし、当の本人は、着物に付いた髪を叩き、皆の事を気にしていない。
と、信長が秀吉を見た。
「貴様、鬱陶しいぞ。俺のする事に、いちいち口を出すな。髷を切り落とした理由なら、先程あつ姫が言うたではないか」
「……?」
秀吉には、勿論分からない。
だが、他の者は、その意味を理解していた。
そして、一人の人物が床に拳を付いた。
「信長様、俺も良いですか?」
「ククッ、家康、構わん許す」
秀吉には、二人の会話が分からない。
と、家康が短刀を抜き、髷を切り落とした。
許しを請うたのは、刀を抜く事だったのだ。
しかし、秀吉らは、家康の話し方に違和感を覚えた。
そう彼は、『某』ではなく『俺』と言い、信長に対して砕けた話し方をしたのだ。
それを信長は咎める事もなく、ただ口角を上げているだけ。
家康に苦言を呈するべきか悩む秀吉。
それを楽しんでいるのか、信長はニヤリとした。
「家康が、髷を切り落とすのは認めたが、他の者も切りたいのであれば、軍議が終わってからにせよ。それとだ、今後は、『某云々』などと面倒な話し方はするな。あつ姫にジジ臭いと言われるのは敵わんからな。軍議は以上だ」
信長は、面白い物を見るように皆を見回すと、立ち上がった。
そして、そのまま大広間を出ようとした。
だが、突然、政宗が声を発した。
「あつ姫様に対してのご無礼の数々、誠に申し訳ございませんでした」
開口一番、政宗が謝罪をした。
ここで言わなければ、後々マズい事になるような気がしたからだ。
実際、信長が自分を殺そうとした事に気付いていた。
あつ姫に対しては、ただの娘というだけだが、信長の機嫌を損ねれば、いくら奥州伊達家の当主であろうと命はない。
絶対的権力を持つ信長には逆らえないのだ。
まあそんな事、信長には関係ないのだが、内心、謝罪が無ければ何かしらの形で罰を与えようしていたのは確かだった。
「ふんっ、まあ許してやる。だが、次は許さんぞ」
「ははぁっ! 誠に恐れ入ります。……あの……」
「何だ? まだあるのか?」
あつ姫の元に行きたい信長は、政宗に引き止められ、若干苛つき始めていた。