第2章 暗闇
不思議な事に、男も驚いたのか硬直している。
しかし、目をギラつかせ私を見ていた。
その瞳は、右目が黒く、左目が燃えるような赤。
否、黒ではない。
右目は、青空を闇が侵食するような濃藍色だった。
青い瞳を飲み込む濃藍色の瞳。
私は喉をゴクリとさせた。
「青色の目か……」
男が口を開く。
「娘……何処から来た?」
「えっ……?」
問うてくる男に、私は、もう半歩下がった。
その時だ。
男の手が、私の腕を掴んだ。
「……っ! はっ、離せ」
「娘、俺と共に来い。その様な姿では、遅かれ早かれ野盗に攫われる」
「行かないっ!」
叫びながら、手を振り解こうと身体を捩るが、グンッと引っ張られ、男との間合いが詰まった。
男は膝をついているにもかかわらず、立っている私と目線の高さが同じくらいだった。
どんどんと近付く濃藍色の瞳に、私は目眩を起こしていた。
「娘、名は何と申す?」
「……あつ姫……」
「あつ姫か……俺は、織田信長だ」
「……っ‼︎ 織田信長……? 嘘だ……こんな所に……居るはずない……」
男の名を聞き、驚愕した。
そして、掴まれていない方の手で、彼の顔から面頬を剥ぎ取った。
次の瞬間、
信長の濃藍色の瞳に吸い込まれるように、私は意識が遠のいていった。
「気を失ったか……」
信長は、娘を抱きかかえると立ち上がった。
そして、辺りを見回していると、馬に乗った男が駆け寄って来た。
「……お屋形様っ! お探ししました」
「秀吉か」
そう呼ばれた男は、馬から素早く降りると、片膝をついた。
「馬狩りは、あれほどお止め下さいと、申したではありませんかっ!」
大声で苦言を呈する秀吉。
と、あまり気にしていない信長。
「くそ喧しい……静かに話せ」
気を揉んだ秀吉は、いつもの信長に若干安堵したが、それも束の間。
信長の腕の中にいる娘に気がつくと、柄に手を掛けた。
「お屋形様、その娘……物の怪ですか?」
「たわけ、そうではない。人に決まっておろう。この娘は城へ連れ帰る」
「は、はあ……しかし……」
「秀吉、時がない。俺は邪気を含んだ馬の血を浴びた」
「……っ! だからあれほど、お止め下さいと」
「秀吉、今は止めよ。邪気が抜けるのには数日かかる。しばらくは貴様に娘を任せる」
言いながら信長は、娘を抱きかかえたまま、馬に跨り陣へと引き返して行った。