第6章 それぞれの苦悩1
最早、秀吉は何も言わない。
信長が呼び付けた女子ゆえなのだが、娘がいたという事実からの展開に付いて行けないのだ。
女は、色白で、とても美しい顔をしていたが、鋭い眼差しで武将達を見ていた。
そして、視線を信長に移すと、ニッコリと微笑んだ。
「信長様、あつ姫様の御為、如月あぐり、ここに馳せ参じました」
顔に似合わず、男のような低い声だが、耳障りな声ではなかった。
武将達が、女に見惚れていると、あつ姫の良く通る声が聞こえた。
「き〜さ〜ら〜ぎ〜、そのオッサンみたいな声と話し方を止めよ。普通に話せ」
「「「「「オッサンッ⁉︎ 」」」」」
「ひっ、姫様、『オッサン』などという言葉をどこで覚えたのですかっ!」
「内緒だよ。如月は怖いからね〜」
あつ姫の『オッサン』発言に、武将達は目を丸くし、如月と呼ばれた女は、先程とは違う、甲高い声であつ姫に物申した。
「ククッ、如月もあつ姫の前では、形無しだな。まあ良い。如月、あつ姫の世話を頼むぞ」
「……仰せの通りに」
如月は、『信長様、貴方様もですよ』と思いながらも、また低い声で返事をすると、信長の前まで歩み寄った。
そして、躊躇せず、信長の膝からあつ姫を抱き上げた。
武将達は、それを見て、またもや驚いた。
如月という、あつ姫の御付きは、女子にしては、かなり背が高く、細身の身体に見えるがあつ姫を軽々と抱き上げたからだ。
「あつ姫、夕餉まで、部屋で休んでおれ」
「相分かった! 父上、またね〜」
「あつ姫、くれぐれも大人しくするのだぞ」
「分かってるよ〜。ジジ臭い三郎さん」
「あつ姫っ!」
捨て台詞を残して、私は、さっさと大広間を後にした。
部屋を出た私は、少し考えていたのだが、如月が神妙な面持ちで私の顔を見た。
そして、彼女が口を開こうとした。
「如月、今は止めよ。早よう部屋に連れて行け」
「……っ、あつ姫様……御意のままに……」
如月が、何を言おうとしたのか分かっていた。しかし、疲れていた私は、話すらしたくなかった。
信長の膝の上に居る時は大丈夫だったのだが、かなり体力を消耗していたのだ。
そして、畳敷き廊下の外に見える、枯山水の庭を如月の腕の中から、静かに見つめた。