第6章 それぞれの苦悩1
大広間では、信長とあつ姫の会話しか聞こえてこない。
信長も、家臣達に何も言わない。
というより、あつ姫と話すのに夢中なのだ。
するとここで、ある人物が口を開いた。
「お屋形様、よろしいでしょうか?」
信長の邪魔をしたのは光秀だ。
無論、機嫌が悪くなる信長。
「何だ? あつ姫と話しておる。用があるなら、早う申せ」
いや、お屋形様、軍議の最中という事を忘れてますよ。と皆が思うが、秀吉でさえ、口を出せなかった。光秀は、それを知りながら、ニヤリとして話しかけたのだ。
「お屋形様、そろそろあつ姫様のお召替えをと思います。お食事もされておりませんし……」
「ふんっ、確かにそうだな。俺の娘が泥だらけではいかん。……足首の鎖も外しておらんし。誰か、鍵を寄越せ」
皆が互いを見て、首を傾げている。
と、信長の言葉に慌てたのは秀吉だ。
適当に家臣に命じ、あつ姫を牢に入れた為、鍵の行方が分からない。
通常なら、厳重に保管するが、家臣に丸投げし、自分は、信長の政務を代行していた忙しさから、まるで覚えていないのだ。
焦る秀吉。
これ以上、信長の機嫌を損ねたくない。
すると、
「鍵なら、ここにございます。……あの、お屋形様、私めが鍵をお開け致しましょうか?」
平伏しながら話していたのは、秀吉の家臣、石田三成だった。
「鍵だけ寄越せ。鍵を開けるとなると、あつ姫の足を触る事になる。そのような事、俺が許すはずなかろう」
「差し出がましい事を……大変申し訳ございません」
未だ平伏す三成。
だが、秀吉は、内心ホッとしていた。
鍵の行方が分からなかった場合、牢に入れた自分が、必ず問い詰められるからだ。
そして、何でもないような顔をして、三成から鍵を奪い、信長の前に歩み出た。
「お屋形様、鎖の鍵にございます」
「ククッ、秀吉、鍵が見つかり良かったな。三成に感謝しろ」
信長は、笑いながら嫌味を言う。
「……っ」
秀吉、痛恨の極みである。
焦り過ぎて、気を引き締めていなかった為、信長に全て筒抜けだったのだ。
ばつが悪そうにして、鍵を渡すと、すぐさま席に戻ろうとした。
「秀吉、待たぬか」
信長に呼び止められてしまった。
青ざめる秀吉。
何を言われるか分からない。
またも焦り始め、その場に平伏した。