第6章 それぞれの苦悩1
信長に娘がいたという事が、あまりに衝撃的で、大広間は騒めいていた。
秀吉らは、まだ信じられない。
だが、信長に物申す事など出来ない。
あつ姫に関して、何を言っても、次は必ず殺されると分かっているからだ。
皆、信長の言葉を待った。
しかし、当の本人は、家臣達の事よりあつ姫が気になって仕方がない。
しきりにあつ姫の頭を撫で、顔を覗き込んでいた。
「あつ姫、俺の許しもなく、勝手に髪を切るなど、驚いたではないか」
「だって、髪が長過ぎて床に付きそうだったし、泥だらけだったんだよ? それに三十cmくらい切っただけで、まだ、膝まであるし」
「そう言う問題ではないであろう。……もう勝手に切るでないぞ」
「……あ、うん……相分かった」
「あつ姫! その間は何だ! 全くお前という奴は……」
「それより、父上さぁ、その茶筅髷だとジジ臭いよ。髷なんか切っちゃえば?」
「お前なぁ、父に向かってジジ臭いとはなんだ。俺はまだ若いぞ!」
「父上、見た目も大事だよ。姫、ジジ臭いのヤダ」
と、二人の会話。
普通なら、微笑ましい光景なのだろう。
しかし、皆が見ているのは、あの織田信長だ。
今や日本で一番力を持つ男。
魔獣や妖魔が蔓延る世の中で、唯一それらを寄せ付けない力を持つ。
ゆえに、信長の領地では、魔獣や妖魔が悪さをしない。
民も安心して暮らせるのだ。
だが、そうなるまでは、数え切れないほど戦をしてきた。
信長の志を知る者は数少ない。
極悪非道と言われようが、一切の情けをかけず突き進んだ。
そして今では、日本の中心をほぼ手中に収め、戦も小競り合い程度になっている。
確かに敵も多いが、信長に恐れをなし、無闇に攻め込むような事はない。
実のところ、敵は、信長の本当の力を知らない。
しかし、戦の時に見せる、左右色違いの瞳と普段の赤い瞳を見て、屈服せざるを得なかった。
また、家臣である秀吉ら、そして同盟を結んでいる家康と政宗は、信長の志を知ってはいるが、彼の残虐性も知っている。
意にそぐわなければ、例え秀吉であろうが、同盟を結んでいようが関係ないのだ。
そんな信長が、あつ姫という娘にデレデレなのだ。
皆、言葉が見つからなかった。