第5章 二人の関係3
当然、乾いた泥は、バラバラと真新しい畳に落ちていく。
秀吉は、娘の行動に苛々が増す。
しかし、これ以上、信長を怒らせるのは得策ではないと、彼はジッと耐えた。
のだが、娘の次の一言でブチ切れた。
「三郎、この鎖の鍵、持ってる? 姫が無闇に触ると良くないんだ。あっ、そういえば、三郎が鎖を切ってくれたのかな?」
「な……っ! お前っ! 成敗してやるっ!」
疾風の如くあつ姫の前に走り寄ると、秀吉は、つい抜刀してしまった。
すると、
「秀吉殿、信長様の前で、刀を抜くなど以ての外です。本当に首を刎ねられますよ」
秀吉の腕を掴み、ギュッと力を入れていたのは家康だった。
彼もまた、秀吉が走り出たのと同時にあつ姫に走り寄っていたのだ。
「秀吉、それくらいにしておけ。家康の言う通り、誠に首を刎ねるぞ」
「……っ、お屋形様、し、しかし……」
(こやつが、羽柴秀吉。で、腕を掴んでるのが徳川家康か。二人とも一八〇cmくらい? 違うな。家康の方がもっと大きいな)
目の前の二人を私は観察していたのだが、状況が面倒臭くなり溜め息を吐き、俯いた。
と、不意に自分の髪が目に入った。
緩く結んだ為か、結び目が下がっていたのだが、髪の先は泥だらけだった。
そこで、良い事を思いつき、目の前の二人をジッと見て口を開いた。
「秀吉と家康のどっちかさぁ、大太刀か小太刀、あっ、短刀でも良いけど、ちょっと貸してよ」
「……‼︎ お前、何を言っている。そんな物を渡すわけないだろう。それをお屋形様に向けるのか!」
「秀吉、 お屋形様って……? ああ、三郎の事か。姫はそんな事はせん。それより、早う貸せ」
その時の私は、己の口調が変わっている事に気付いていなかったのだが、横からスッと短刀が差し出され、それを持つ男を見た。
「お屋形様より、お渡しせよ、との事です。こちらをどうぞ」
「おーー、すまんな。ちと借りるぞ」
「……っ、三成っ!」
「秀吉様、お屋形様からの御命令ゆえ、申し訳ございません」
私は、頭から湯気が出そうなくらい、怒りまくっている秀吉を当然無視した。
そして、三成と呼ばれた男から、短刀を受け取ると、すかさず鞘から刀を抜いた。
「……‼︎ おまっ……何を……」
それを見た秀吉が驚き、動こうしたが、家康がガッチリと腕を掴み、身動き出来ないようにしていた。