第4章 二人の関係2
「……姫様、織田信長公には会わず、大吾めと共に、静かに暮らしませんか……? 俺が貴女を守ります。どこか遠くへ行きましょう……」
大吾は、己の腕の中で眠るあつ姫に語りかけていた。
だが、打掛けをすっぽり被せている為、あつ姫の顔は見えない。
規則正しい寝息だけしか聞こえて来ず、返事はない。
けれど、そんな事は百も承知で、言ってはならない言葉を口にしていた。
大吾は、あつ姫が眠っている時にしか本音を話せないのだ。
一度は、封じ込めたはずだったが、近くて遠い存在のあつ姫が腕の中にいる。
大吾は、心を揺さぶられていた。
氷の心と言われて来たが、あつ姫を前にすると、簡単に溶けてしまうのだ。
だが、それではダメだと、昂ぶる気持ちを落ち着かせようとした大吾。あつ姫の顔を見る為、打掛けに手をかけた。
すると、その隙間から手が伸びて来た。
「大吾……?どこに行くの? お家に帰ろうよ。パパが、待ってる。……姫、早くパパに会いたいよ」
「……っ、姫様……?」
あつ姫は、打掛けから顔を出したのだが、様子がおかしい。
とても不安げな表情で、その青い大きな瞳が揺れているのだ。
真っ直ぐに大吾を見ているが、いつもと違う眼差し。
今頼れるのは、貴方だけだと言っているようだった。
「あつ姫様、織田信長公に会わず、家に帰りますか?」
大吾は、つい本音を言ってしまったが、あつ姫の大きな瞳は、みるみると涙で潤み始めた。
「……何の話? 姫、お家に帰りたいだけだよ。パパに会いたい……」
「あつ姫様……お父上様には、すぐ会えますよ」
「ホント?」
「はい。大吾は、嘘をつきません。ですから、もう少し眠って下さい」
「相分かったっ!」
あつ姫は、幼子のように、無邪気な笑顔を見せると、再び眠りについた。
「……っ‼︎ 笑った……姫様が……笑った……」
初めて見たあつ姫の笑顔。
記憶が混乱しているのか、言動がおかしかったが、笑顔が見れただけで、大吾は幸せを感じたのだった。