第3章 二人の関係
空を掴むように挙げられた、あつ姫の手。
ハッとした信長と家康。
二人は同時に、その小さな手を掴もうとした。
しかし、先に手を掴んだのは、信長だった。
「……パパ……ごめん、なさい……」
あつ姫のうわ言に、信長は片手を握り、もう片方の手は、あつ姫の頭を優しく撫でていた。
一方、手を掴めなかった家康は、なぜ自分が手を掴もうとしたのか分からなかった。
考え込む家康に、信長は気付かないフリをしてあつ姫の頭を撫で続けた。
しばらくして、大吾が寝所に戻って来た。
「信長様、薬を煎じて来ました。これで熱も下がります。流石、健康に気を使い過ぎる家康殿の薬です」
さらっと家康を馬鹿にしながら、薬の入った吸い飲みを信長に手渡す大吾。
ムッとする家康に対して、口角を上げる信長。
「家康、そやつの言う事は気にするでない。そやつは、俺に対しても同じ態度だ。大吾、貴様は、もう下がっておれ。顔を隠しておるとはいえ、姿を晒すのは、貴様とて本意ではなかろう?」
「そうですね。先程、光秀と秀吉は、俺の事を気にしていないようでしたが、あいつらに何度も姿を見られる訳にはいきません。姿を消しますが、俺は常に傍に居ます」
そう告げると、大吾は霧のように消え去った。
信長は、大吾の事をさして気にせず、あつ姫を抱き起すと、少しずつ薬を飲ませ始めた。
慣れているような手つきの信長に、家康は、不審を抱き彼を観察していた。
「さて、全て薬を飲んだが、娘が目覚めるまで、時がかかるな。……軍議を開く。家康、重臣を集めよ。……いや、俺の側近中の側近だけで良い」
「ふむ……極秘という事ですね?」
「ああそうだ。それと、光秀がここへ向かっておるが、途中で引き止め、この部屋に近付けるな」
「光秀殿か……あの御仁は面倒だな」
思わず、本音を言う家康。
実際今日まで、軍議以外では、光秀と話をした事がないのだが、家康は、彼の事をよく知らなかった。
いや、光秀だけではなく、信長の家臣ほとんどと話をしていないのだ。
唯一話すのは、信長。後は、自分と同じで、信長と同盟を結んでいる者。
今までは、それで良かったのだ。
しかし、その関係性も、今日限りで終わりを迎える事を、この時の家康は思いもしなかった。