第3章 二人の関係
「あっ……この……娘……」
男は、信長の近くに行くまで、布団に寝かされている娘に気付かなかった。
そして、娘を見ると手に持っていた包みを落としてしまった。
信長は、男の顔を見て、一瞬訝しんだのだが、それよりも先にやる事があった。
「貴様、持参した物を落とすでない。……娘は衰弱して高熱を出しておる。貴様の薬が必要だ。煎じるのは、そこの男がやる。そやつに薬を渡せ」
信長が話していると、大吾はさっさと落ちていた包みを拾い、中身を確認して寝所を出て行った。
男は、布団を挟んで信長の向かいに腰を下ろし、口を開いた。
「信長様が、俺の薬作りの趣味を知っておいでとは思いませんでした」
「貴様のは、趣味とは言わん。武将のくせに薬草を育て、薬剤の専門書を肌身離さず持ち歩いておるからな。俺とて気付くわ」
「全ては、自分の為です。昔、戦場で病いを患った時に苦労しましたから。自分で薬を調合すれば、医者を頼る必要もありません」
信長は、話しながらもあつ姫の顔の汗を拭いていた。
その仕草は、とても優しく、まるで壊れ物を扱うようだった。
男は、そんな信長を見た事がなく、娘との関係を不思議に思っていた。
そして、ある事を思い出したのだが、その事を信長に悟られないよう心を閉ざした。一瞬でも隙を見せれば、心の内を信長に読まれてしまう為だった。
だが、彼は気付かない内に隙を作っていた。
「家康、この娘を知っておるのか?」
「……っ‼︎」
家康と呼ばれた男は、あつ姫をジッと見ていたが、不意に信長に問い掛けられ、あつ姫から視線を外すが、信長の目を見てしまった。
「ふん。流石は徳川家当主だな。心を閉ざし、気持ちを悟られんようにするとは……俺は、人の心を読む事が出来るが、貴様は、俺に相反する力。全くもって厄介だな」
「信長様の前だけです。同盟を結んだ時に懲りましたからね」
家康は、不敵な笑みを浮かべ、話を逸らした。
無論、信長は、それに気付いたが、ニヤリとしただけだった。
二人には、お互いを探り合う事が出来ない。ならば、流れに任せるという暗黙の了解があった。
しかし、隙あらばと思うのが世の常。
ゆえに、家康の隙を突いたのだが、お互い一筋縄には行かないのだ。
ビリビリとした空気。
それを破ったのは、二人の間に見えた小さな手だった。