第3章 二人の関係
四つん這いのまま、襖に向かって這いつくばる帰蝶。
だが、光秀は、彼女の顔の前に太刀の刃先を向け、帰蝶の動きを止めた。
「くそ女、まだ話は終わっていない。……俺は、お前を殺したい。あらゆる苦痛を与え、じわじわとな。殺すのは簡単過ぎる。……だが俺はそんな事はしない。お前は、殺す価値もない。……今後、命が果てるまで、お前は幽閉されていた時よりも苦痛を味わうだろう。さらばだ」
ヒュンと風を切る音がした。
光秀が太刀を振り抜いたのだ。
そして彼は、太刀を収めると後ろを見ることなく静かに部屋を立ち去って行った。
残された帰蝶の周りには、無残に彼女の髪が落ちていた。
光秀は、全てを断ち切る為、彼女を殺す代わりに、帰蝶の長い髪を切ったのだった。
部屋を出た光秀は、足早に信長の寝所に向かった。
その頃、
あつ姫は、熱でうなされているのか、うわ言を言っていた。
「パパ……パパ……死なないで……ダメ……織田……信長……殺さない……家……が……」
夢を見ているのか、あつ姫の顔は苦痛に歪み、高熱のせいで時折、痙攣を起こしていた。
信長と大吾は、額を冷やすだけで、ジッと見守っていた。
その時、階下に接ぐ階段から声がした。
大吾は、口元をサッと布で隠すと、部屋の隅まで下がった。
「お屋形様、お見えになりました」
「寝所に通せ」
声を掛けてきたのは、小姓ではなく信長の忍びの一人だった。
忍びは、大吾を横目で見たが、何も言わず、寝所に訪れた人物を通すべく、素早く階下に消えた。
そしてすぐに、一人の男が寝所に現れ、階段を上ったところで平伏した。
「信長様、火急の御用と書状を頂きましたが、いかがされましたか?」
男は、頭を上げると険しい顔の信長に、少し驚いていた。
「ああ、その前に、小姓はどうであった?」
「全く、あのガキ、ペラペラと話をしていました。即、首を刎ねてやりましたが……しかし、最初から話すと分かって、俺に始末させましたね?」
「ふん。それくらい構わんであろう。俺は、ちと殺生が出来ん状況であったからな。それよりもだ。貴様の趣味でしておる薬作り。俺が所望した物は持参したか?」
男は、面倒そうに懐から包みを出すと、信長の傍に歩み寄った。