第3章 二人の関係
光秀は、愕然として思わず膝をついていた。
そして、武士の命と言われる太刀をガチャンと下に落とした。
そう彼は、全身が震えていたのだ。
光秀を見下ろす少女は、大きな溜め息を吐くと、彼を平手打ちした。
「光秀、しっかりせよ。この女子を殺しても意味がない事くらい、分かっておろう? 今後、この女子が織田信長や貴様に近付く事は出来ん。……この土地にもな。……話す事があれば、話せば良いが、己を見失うな」
「……っ、御意」
光秀が頭を垂れると、少女は、霧のようにその場から消え去った。
一方、帰蝶は、初めて見た白金の髪に驚いていたが、それよりも、光秀の少女に対する態度が、まるで彼の主君のようで、驚きを隠せなかった。
そして、少女が何者なのか聞き出そうとしたのだが、帰蝶は、少女の威圧感で金縛りにかかったように動けず、口を開く事も出来なかった。
その後、光秀は立ち上がると、大きく息を吸った。
「……帰蝶、今見た事は忘れろ。それがお前の為だ。俺が手を下さなくとも、話せば死ぬぞ。分かったか……?」
帰蝶は、光秀の険しい顔を見て、喉をゴクリとさせると小さく頷いた。
白金の髪の少女を見て怯え、震えていた光秀はもう居ない。
帰蝶の前に立つ男は、いつもの無表情の光秀だった。
そして、彼は口を開いた。
「帰蝶……お前は罪を犯した。……俺が妻を娶ったのは本当だ。……だが妻と子は、流行り病で数年前に死んだ。病いに罹ってすぐだ。この事実を知っているのは一部の人間だけだ。……俺は、お前の仕業だと知っていたが、お前の口から事実を聞き出したかった。だから、妻と子の死を隠した。だが、それも終わりだ。後はお前をどう始末するかだな」
「な、亡くなった……? そ、んな……わたくしは、そこまでしたかった訳では」
そう帰蝶は、光秀に子が居る事を知らなかった。それゆえ、久々に会えた彼の口から『子が生まれた』と聞き動揺していたのだった。
だが、当然己の都合良く解釈する帰蝶。
最初にその事実を聞いたが、記憶から抹消し、自分と光秀の未来を夢見ていた。
そして、その夢は、取り返しのつかない事をして己で壊した。
帰蝶は、もう二度と光秀が自分を見ることはないと理解したのだった。
目の前の男は、今まで一番冷淡な表情をして、自分を見ている。
彼女は、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし、彼は非情だった。