第3章 二人の関係
光秀は、目を細め、帰蝶の顎にかけていた手に力を入れ、グイッと乱暴に顔を上げた。
「お前を正室にしろ? お屋形様の元を離れ、共に生きろだと……? お前は、俺より五つも上。更に家は断絶。俺に何の得がある?」
光秀の馬鹿にした言い方に、帰蝶も後には引けなくなっていった。
「……っ、わ、分かりましたわ。信長様の臣下のままで良いです。けれど、貴方の正室は流行り病。身体の弱い正室など、お荷物になるだけよ」
帰蝶の言葉に光秀の顔色が変わり、殺気を漂わせ始めた。
「何だと……? 俺の正室が流行り病だと、なぜ知っている?」
光秀の声色は、帰蝶も聞いた事がないくらい恐ろしいものだった。
更には、彼の手は益々力が入り、帰蝶の顔に爪が食い込んでいた。
彼女は目が泳ぎ、光秀を直視する事が出来なくなってきた。
「帰蝶、その顔は何か知っているな? 今話さなければ後悔するぞ」
「……っ、わ、わたくしは、何も……何も知りません。……そ、そうだわ! あつ姫という女から聞いたのよ。その女を尋問しなさい」
「何……?」
光秀の反応に、帰蝶は一瞬ホッとした。
それは、彼の怒りの矛先があつ姫に向けられたと思ったからだ。
しかし、光秀から発せられた言葉は、予期しないものだった。
「帰蝶、いい加減な事を言うな。お前は苦し紛れに、先程聞いた名を出しただけだ。お前などが、あの方の名を無闇に口にするな。……あつ姫様は、俺の」
「光秀っ! まさか、あつ姫という女が貴方を惑わせているのですか!」
帰蝶は嫉妬に狂い、光秀が女の名を口にしただけで彼の言葉を遮ってしまった。
そんな彼女に、光秀は顎を掴んでいた手を滑らせると、今度は帰蝶の首をギュッと締めた。
「くそ女め……名を口にするなと言ったはずだ。あの方の事は、お前が知る必要はない。さっさと、流行り病の話をしろ」
殺気を醸し出す光秀は、最早、帰蝶が知る男ではなかった。彼が少しでも力を入れれば、一瞬で殺される事が、帰蝶にさえ分かった。
彼女は、手を震わせながら、己の首を締めている光秀の腕を掴んだ。
「話す気になったか……手を離してやるが、あの方の名を口に出したら、必ず殺す。俺が本気だという事は分かっているな?」
わずかに頷く帰蝶を見て、乱暴に手を離すと、そのままドンと彼女の胸を叩き、自分から帰蝶の身体を離した。