第17章 遠慮
そこへふと、落ち着きを取り戻したような穏やかな声が響いた。
「俺は…知ってたよ。見てたから」
えっ…?
突然の意外な言葉に驚いて顔を上げる。どういう事だろう。
「お前が気付いてたかは知らないけど、俺…お前が頑張ってるとこ見てたから」
視線を逸らしながら、けれどはっきりと落ち着いた調子で菊丸は告げた。
それは…あの食事会の時にあたしが話す前から気付いてたってこと?
予想もしていなかった事態に萌はひどくびっくりしてしまっていた。
「…いいんだ。上手くなりたいんだろ?」
さっきまで以上に真剣な顔つきで、少しずつ自分の思いを紡ぐ菊丸。
「自分の納得出来る形で練習すればいいんだ。俺にはさ、お前の…その気持ちのほうが、大事に思えるから」
そう言ってへへ、と照れたように笑う菊丸をしばらく見つめてしまっていたと思う。
複雑でもやもやしたこの気持ちを汲み取ってくれる彼に、優しさはもちろん、頼もしささえ感じた。
菊丸先輩は…ちゃんと解ってくれてた。あたしが上手くなりたい一心で練習していたこと。
上手く、強くなりたかった。あなたと同じコートに立ちたかったから。
「夢野が頑張ってるのに、俺何やってんだろ…ホントごめん。しっかりしなきゃな」
反省する菊丸に必死で首を横に振る。逆にこっちが励まされている気分になり、思いを打ち明けてくれた彼に感謝の気持ちでいっぱいになった。
「…なんでこんなに気になるんだろ…夢野のこと」
「えっ」
ふいにうわ言のような呟きが漏れてきて、聞き逃さなかった萌が反応すると彼は我に返り慌て始めた。
「……あ!えっと、その…」
「エージ?まだいるのか?」
その声が聞こえたようで、大石が突然部室のドアを開けこちらを覗き込んできた。