第119章 記憶の欠片<弐>
「あ、そうだ!さっきの柱の人は?それと、あのひょっとこの男の子もいないな」
「柱の奴はさっきあの子が鍵を渡したら、さっさとどこかへ行ったわよ。あの子は水を汲みに行ってる」
まあ意味はなかったけどね、と、汐は心の中でつぶやいた。
「渡しちゃったのか・・・。渡すしかない感じだったけど・・・いてて」
炭治郎は手刀を叩き込まれた場所をさすりながら言った。
「大丈夫?さっき当てられたところが痛むのね。ちょっと見せて」
汐は炭治郎の手をどかし、少し赤くなったその部分に先ほどの手ぬぐいを当てながら言った。
「それにしても、まさかあんたがああやって人を叩くなんてね。あたしが殴ってもよかったのに。あいつの言動には腹が立っていたしね」
しかし炭治郎は、そんな汐を見て静かに首を横に振った。
「いや、これでよかったよ。汐、言ったじゃないか。「むやみやたらに人を殴ったりはしない」って。叩くっていうのは、相手だけじゃなく、叩いた人も傷つけてしまうから。」
「え?」
「だから俺は、汐に人を殴ってほしくなかった。汐に傷ついて欲しくなかった。そう思ったら、なんでか体が勝手に動いて・・・」
炭治郎はそう言って汐から視線を逸らすように顔を向けた。それを聞いた汐は、顔に熱が籠るのを感じた。
「炭治郎・・・」
汐はそっと炭治郎の羽織の袖をつかみながら、微かに震える声で言った。
「あの、その・・・、ありがとう。あたしを止めてくれて。それとさっき、あたしがあいつに殴られたときにその、怒ってくれて、嬉しかった・・・わ」
汐は俯きながら言葉を紡ぎ、そっと顔を上げて炭治郎の顔を見た。
すると炭治郎は、何故か汐から目を逸らし、そっぽを向いていた。心なしか、その顔と耳が赤く染まっているように見える。
(あれ?)
その仕草に、汐は違和感を感じた。炭治郎ならいつも通り、にっこりと笑って「気にするな」と言いそうなものだったが、そうじゃなかったことに汐は戸惑いを覚えた。
「そ、そうか。よかったよ。汐が無事で・・・」
炭治郎は汐と目を合わせないまま、歯切れ悪く言葉を紡いだ。それを見た汐も、何だか妙な気持ちになってきたその時だった。
「あの・・・、何してるんですか?あんたら・・・」
背後から声が聞こえた瞬間。汐と炭治郎は悲鳴を上げて飛び上がり、汐は慌てて炭治郎から手を放すと、少年に向き合った。